午前三時の音楽

ライブの感想などを書いています

小林建樹ワンマンライブツアー2026“熱中” 大阪「歌う魚」


当たり前なんだけれど、生のライブというのは身体性の持つ力とそこから受け取れるエネルギーがすごいや、が見終えてすぐの感想でした。東京公演も大阪公演もアーカイブを何周も見てるんだけど、映像ではこぼれ落ちるものがどうしたってあるんだよな、当然だけど。
それは圧倒的な声の力であり、身体の奥底まで震えさせる響きであり、自在に移り変わる表情や仕草のひとつひとつで、決してカメラの映せる範囲では、スピーカーの拾ってくれる音では感じられない。

毎回感じることではあるけれど、東京公演を経てからの地方公演はどこかしら肩の力の抜けた程よいリラックス感を感じさせてくれて、その違いを楽しめる=いまではめっきり少なくなってしまった配信ライブが続いていることは心からありがたい限り。


開演をまもなく控えた頃、客席からは一斉に緊急地震速報のサイレンが鳴り響き、4階の開場にはズシンと大きな縦揺れが発生。幸いなことに物が倒れる・怪我をするなどのトラブルは起こらなかったようなのですが、ビルのエレーベーターが止まってしまったこともあり、10分遅れでスタートすることに。どうやら奈良で地震だったそうです。こわいこわい。

皆が緊張気味の中、建樹さんがステージへ登場。客席を見渡してにっこりと笑顔を見せてくださったのは、お馴染みのお客さんの顔が見えたことに安心してくださったのかな?
ギターをかき鳴らしながら、「絵になる大人」で本編スタート。メロディと言葉の切れ味は鋭く突き刺さるように鮮烈で、研ぎ澄まされたナイフのような歌声は甘さの中に痛みを孕んでいてぐいぐい心の奥深くまで届くよう。鼓膜を伝って届いた声がぐっと喉元を締め付けるような、どこか息苦しさに似た感覚を呼び起こすっていうこの不思議な感覚はこの人のライブでしか感じたことがないんだよね。すごく不思議だ。唯一無二の歌声の魅力だなぁ。
続いてメドレー形式でつながるのは「6月のマーチ」不安な社会への苛立ち混じりの情動を歌っていた世界が「でこぼこの道でもいいから歩みを進めていこう」と明るく背中を押してくれるかのような楽曲へと引き継がれてパァッと視界が明るくなるところがすごくいいね。
小気味よくリズムを刻むようなギターの奏法の上で自由に豊かに紡がれる歌声が広げる世界はどんどん進度を深め、一気に一段深い場所へと潜っていくかのような「満月」へ。
「月のない夜だった」という歌詞から始まる曲が「満月」なの。何回聞いても不可思議なんだけどそこも含めて魅力だよね。月のない暗がりの中で自分を照らしてくれる光を見つける=自己探求の切実さが何度聞いても胸に迫るや。
そしてこれもまた毎回感じることなんですが、音の波の中に身を委ねて酔いしれたい気持ちと、表情豊かに伸び伸びと歌い演奏するお姿を目に焼き付けたい気持ちと、どちらを取ればいいのかわからない。片目つぶって見たらいいの?笑

小休止に最初のMC。毎回配信のお客さんにも呼びかけてくれるのが地味に嬉しいな。

(タイトル「熱中」について)
「ずっと声を出してなかったので歌えるか不安だったんですが……歌ってましたね」

それはもうタイトル通りの血湧き肉躍るような熱唱でしたね。ちょっとびっくりするレベルの力強さ伸びやかさでした。そして音が……配信の関係もあってなのか、すごく大きかった笑(わたしはMCの間に耳栓をしました。ちょうど良くなった)

続いての楽曲は「String」
深く暗い森の奥や夜の海を思わせるような静けさと狂おしさを感じさせる楽曲ですが、この日、目をつぶって聞いている内に自然と脳裏に浮かんできたのはモノクロのクロッキーで描かれた引き裂かれていく恋人同士のイメージ。具体性を欠いた抽象画のような景色の中で「引き裂かれていく痛み」が切々と歌われるところがそう想起させるのかな。
ここからデビュー曲「Sweet rendezvous」につながるくだり、自己探求を深めながら内面世界へ降りていくかのような、ひりつくような熱を感じてゾクゾクさせられてしまう。ひとつの物語を織りなしていくかのようだね。

ここでMCは東京・仙台で行ったライブについて。ライブでは楽曲が真面目な分、少し気の抜けた面白い話をしようと心がけてくださっているそうなのですが。

「僕が思ってたよりも、そんなにウケてないんですね。今回大阪なんで、話を変えてきたんです」

会場内からはくすくすと笑い声が。
ひとまずは前哨戦にと、東京と仙台で話してくださったお風呂上がりの保湿ケアのお話に。
キーボードを弾くために、指先を避けて手の甲→顔の順番でクリームをつけるそうなのですが……。や、指先って特に乾燥するからペタペタしないタイプのクリームを塗った方がよくないです??(※野暮です)

「で、顔につけようとしたら目の前が真っ白になって……眼鏡かけてたんですね」
(会場内にさざなみのように広がる笑い声を前に)
「もっとガーってくるかと思ったんですけどね、『それは大変』って言われて」

優しいなぁ。笑
続いてここからは新しいエピソード。少し前に小学生の女の子と知り合い、何かいいところを見せてあげたくなったのだという建樹さん。

「関西弁教えたるわって言ったらね、『ひとついい?』って聞かれたんです。『あのね、〝ひん〟ってなに?』って」

品格の品???

「『〝できひん〟とか言うじゃん』って。ほんまやぁってなって、その場は答えられなかったんですね」

できひんとかせえへんって普通に言うので特に疑問に思ったことなかったですね。笑
どうも京都中心の言葉で、大阪では「でけへん」になるそうな。「せえへん」「しやん」とかもいいますね。

(ややウケ、くらいの観客を前に)
「この話もいまいちやな、もっとウケると思ったんやけどま」

と、どこか釈然としないようすなのがなんだかおかしい。
なるほど、考えたことなかったけど疑問に思われることもあるんやなぁ、って感じになっちゃったからなぁ。

懐かし目の選曲が続いた中でここで新曲を、と披露されたのは「天気雨」
内省的なテーマの楽曲を中心に過去へと遡ってきた流れで聞くからこそ、やわらかくて優しい歌詞の世界は建樹さんの歩んできた音楽人生を俯瞰で振り返っているかのよう。その時々で直面してきたことすべては「過去の物」として振り返ることが出来るようになっているけれど、心の震えや痛みはいまでも残っている。自分の弱さや迷いを少しだけ許せるようになった「いま」の飾らない気持ちが閉じ込められているように聞こえて、ふっと心が軽くなるよう。
ここからより甘さと奥行きの深さが増した「不思議な夜」に流れるのが最高にかっこいい。こうして時代を一気に遡ると、やっぱりこの頃のひりつくような切迫感はいい意味で薄れて、それでも「あの頃」の切実さをこうして振り返ることは出来るんだな、というのを感じる。
積み重ねてきた時間の流れの中に「いま」があり、音楽は自在にそれを行き来させてくれるんだな、というのをライブを見る度に思うんだけど、一貫して表現の核にはきっと「その時々の自分が向き合ってきた、探し求め続けている答え」があって、でもそれは明確には言葉には出来ないからこそ、「音楽」という何度でも語り直すことの出来る表現の中に閉じ込めることで自分の感情の置き場所を得てきたのかな。そしてそれが我ら受け手に届けられることでわたしたちもそこに「感情の置き場」を見つけられる。なんて素晴らしいことだろう。
さて、熱狂の渦の中で前半戦も終了。後半も楽しみだな。


小休止の後、ピアノに移っての後半戦。ピアノの前に座った建樹さんがリズミカルにつま弾く旋律にのせて響くのは……「ある場所にて」だ! めずらしい! 東京ではこれまためずらしい「あおいだ空」を受けての震災についてのエピソードが語られたのですが、仙台は地震の被害も大きい地域だったこと、地方でのライブではよりリラックスして楽しんでもらうためにもあまり深刻な話題に触れない、と意識して選曲を変えられたのかな。
曲のテーマがシリアスな分、日常の気の抜けた話をするように意識している、という前半のMCともつながるようですね。

一転して「イノセント」につながるのがまたがらりと色合いが変わって素晴らしい。イノセントはいつ聞いても素晴らしいのですが、歌い継がれていくほどに「その時」の最高峰の純度の高くひとかけらの曇りもない輝きが閉じ込められて居るようで感動してしまう。
同じ場所にとどまり続けることも変わらずに居ることも出来ないことを知っている。「いま」の自分がその痛みすらも、それでも歩みを止めずに進み続けてきたからこそたどり着いたこの景色を愛していることがひしひしと伝わってくるからこんなに胸に響くのかな。

ここで小休止のMC。実はライブ直前だったという先週、中々やっかいな風邪を弾いてしまったそうで……それは大変!笑
お医者さんにも勿論かかられたそうなのですが、そんな時に建樹さんが頼ったのは

「二日後には仙台でライブで、それからまた大阪でライブがあるっていうのをAIに相談したんです」

頼んだぜ! と頼りにしたchatGPTの受け答えはなんだかちょっと鼻につく。

「chatGPTは『大丈夫、まかせてください! ただ――』って絶対言うんです。『but』やめてみたいな」

青バッチ構文だ笑
イラッとしたので、対応が優しいと噂に聞いて乗り換えたGeminiに期待していたところ、なんだか大げさに脅してくるのでこれまたなんだか微妙。AIって英語圏の人たちが生み出したものだからこそ、日本人とは細かな感覚が違うのかもしれないですね。これこれこうで、と自分の現状について相談してみたところ、返ってきた答えがどんな風だったのかと言えば。

「『脚に爆弾を抱えたままフルマラソンを走るようなものですよ』って言うの。『そんなひどないよ、おおげちゃう?』って言ったら、『あはは、そうですね』やって」

いかにもアメリカ人っぽい返しだなぁ。笑 
何はともあれ、優しいGeminiの知恵を借りて窮地を乗り越えた建樹さんにGeminiのくれたアドバイスは。

「筆談してくださいって言うんです。それはちょっと難しいね、ベートーベンちゃうんやからって」

日常会話では極力声を出さないでってことだったんだろうな~。
そのほかのアドバイスはきちんと受け入れたところ、みるみる快方に向かわれたようでこの絶好調を取り戻せたんだからGemini先生には感謝ですね。
ここで話は変わって、先日の仙台でのライブについて。ワンマンは(おそらく)初めてだったけれど、実は昔ラジオ番組をやっていた土地なのもあり、ゆかりのある場所だったそうで。

「むかし大阪でも一年ラジオをやってたんですね、ミュージックフリークスっていう番組を一年。話したことなかったけれど」

仙台でラジオの思い出話をしてくれたお客さんが多数いらしたんでしょうね。みなさんの人生の1ページになっていたようでうれしい、やっていてよかったという言葉にジーン。
あの頃はスマホにradikoを入れればOKな今と違って、ラジオは基本的に放送時間に周波数を合わせて聞くものだからこそ、「ラジオを聴く時間」は今よりもずっと特別な体験だったんですよね。
局によっては電波が入りづらくて、ラジカセを窓際に持って行って目一杯アンテナを伸ばして力業でなんとか聞いたりもしたなぁ。(大阪で神戸放送のKiss-FMを聞くのは至難の技だったんです。笑 京都FMは全く入らなかった)
大阪の番組を聞いてくれていた人はいますか? という問いかけに、客席からはパラパラ、とまばらな拍手が。

(ありがとうございます、と答えたあと)
「えっ、ていうことは聞いてないのにこんなにも集まってくれたんですね。すごいな」

この人らしい言い方だなあって笑っちゃうや。おそらくFM802の入らない地域から遠征で来ている方やラジオを聴く習慣がなかった人もいれば、わたしのようにその当時には出会えていなかったリスナーも居るんだろうね。

懐かしい時間を「いま」だからこその視点で音楽と共に振り返るように歌われるのは最新曲の「早春」
あの頃に切実に感じた感情も記憶もすべてそのまま持ったままではいられないけれど、その思いはいまも生きている、と歌えるのはコロナを経たこの数年、「観客の前で歌う」場に帰ってきたからこそ生まれたんじゃないかな、とどうしても思っちゃう。
傷つき、戸惑いながら生きてきたことには正解も不正解もなく「ただそうだった」に過ぎない。けれど、そんな自分だからこそ、過去の傷を優しく抱きしめてあげることだって出来るっていうところはきっとあるよね。
そのまま、流れるように続けざまに演奏されるのは「祈り」
この流れの中で聞くと、迷いや悩みの中で暗中模索で歩み続けた多感な青年が既に「不変の人生の真理」らしきものを見つけていたことに新鮮にびっくりするや。
ご自分でも編集作業中に改めて聴いたら「めっちゃ癒やされるなぁと思った」とおっしゃっていましたが、自分の中の大きな指針のようなものを形に残していたことに何度でも励まされるっていうのはあるのよね。それが誰かが作品を通して渡してくれた言葉ではなく、「自分」が見つけた言葉であり表現であることに大きな意味がある。創作の喜びというのはきっとそういうことで、「それ」を心の片隅で支えにしながら表現し続けるっていうところはあるのかも。

やがて話題は東京でもあった、chatGPTとの対話の中で尋ねられた「人生最後の曲」について。

「こういうのが自分は作りたかったんだなと」

「人生最後」を見据えたテーマソングをいま作ってしまおう(そして本当の「人生最後」は未来の自分に持ち越そう)とは中々面白い試みだなぁ。ネタバレになっちゃうのでタイトルは言えませんが、わたしはとある映画の結末をふと思い出しました。
「人生を肯定する」というテーマを歌っているように思えたんだけれど、どんな風に決着するのか、フルコーラス聴ける日が楽しみだな。

「3番まであるんでまた聞いてください。みんなで歌いたいですね」

その発想はなさすぎた笑


やがて話題はAI作曲アプリ「suno」について。古今東西の名曲のデータベースを引用してまたたくまに生み出される曲には素直にすごいな、とは思えど「感動することはない」とおっしゃる建樹さん。ご自分の楽曲を入れたところ、今風のアレンジと歌唱になることにびっくりしたそうで。

「●●●さんが歌ってるみたいになるんですね」(※名前を出していいのかわからないので伏せますが、某国民的人気アーティストさん)

東京ではK-POPみたいな雰囲気になるとおっしゃってたので、曲によって変わるのかな? 歌唱の方向性がぜんぜん違うから新鮮だ。
ここで披露されるのは「元曲の良さ」をピアノ弾き語りという最小単位の表現でここまでダンサブルかつスタイリッシュに表現して見せる「spider」!
いやあ、これがどう変化するのかな。スタイリッシュなポップスの魔法のかかったバージョンもきっとカッコいいんだろうけど、この自由自在にうねり飛び跳ね加速しながら刻まれるリズムの上で極上のグルーブを生み出す声の魔力をどう解釈したのか興味津々だなぁ。
流れるように披露されるダンサブルなリズムで上り詰めていくピアノ演奏と伸びやかな美しい歌声が軽やかに歌うのは大名曲「ヘキサムーン」に続くのは、長い時を経てのいまの視点、異なる角度で「わかりあえなさ」にまつわる鮮やかな感情を美しく描き出す「アンブレラ」
前半で「雨つながり」と曲紹介がありましたが、ここでもまた雨が出てくるんだね。人生には時に雨に降られることもある。それでも傘を差し出してあげるからまた歩きだそうよ、というテーマではあるんだけれど、決して手放しの前向きな励ましではないところが胸に突き刺さるや。
ひりついた痛みや自問自答に向き合いながら歩いて行く。この「無理をしない等身大」がいまの建樹さんらしさなのかも。

本編最後の楽曲はこのライブの全体を総括するような「scream」
「人生最後の曲」にするはずのつもりだった楽曲はもう先走って生み出してしまった。まだ自分の音楽人生の終幕は見えないけれど、模索しながら歩み続けるつもりだと高らかに告げてくれる等身大の優しさがとても胸をあたたかくしてくれるな。


さて、まだ終わらないですよね。アンコールは? とみなが期待していたところ、さくっとショートカットしてステージに戻る建樹さん。
そしてここでまたもやトラブル発生! ライブ盤の告知をしていたところ……あれ、救急車か消防署のサイレンだ。しかもかなり近くじゃない? これには我らも建樹さんも当然ながら落ち着かない。こんな日もあるんだね。さて、気を取り直して本編に戻りましょう。

(新曲「pain」について)
「傷ついてる人はいつも置いてけぼりにされる感じがする。結局は『そういうもん』なのに」

過去の痛みや苦しさには「なんであんなに悲しかったのかいまの自分には思い出せない」も「いつまでも乗り越えられずいる」も両方あるんだよね。
そして必ずしも乗り越えること、忘れることだけが救いではない。だってそれって時には「傷ついた自分」を否定することにも成りかねないから。
「出来るだけ考えない・考える時間を減らす」ことでしか救われないのは確かだけど、それはそれとして、「そのままにしておく」のでもいい。すべての経験は自分を形作る材料なんだから、「なかったこと」にする必要なんてない。たとえそれがネガティブな動機から生み出されたものだったのだとしても、「自分の心が動いた証」を留めおくことはきっと大切なことなのには違いない
いまの建樹さんが表現の中で模索しているのは痛ましい過去の記憶の扉を無理矢理に引きずり出すのではなく、過去の自分が表現の中に残さずにいられなかった感情のありかに「それでいいんだよ」と言ってあげることなのかも。
ここでふいに浮かんだのはジョン・ロックの提唱する「アイデンティティとは身体ではなく、記憶や心理の連続性によって構成されている」という人格の同一性論。
楽曲の中には場所の記憶が結びついているという話が以前のライブでありましたが、「記憶と心理」の両方を閉じ込めておけるのが建樹さんにとっての音楽なのかな。
この曲でも雨が降っているんだけれど、「アンブレラ」がどこか物憂げに傘を差して歩いていたのと打って変わって、この中では記憶の積み重ねがやがて「虹になっている」んだよね。音楽の力がまた一歩先へと進ませてくれたんだなっていう希望の証みたい。

本編最後はいつ聞いたってオールタイムベストな人生の煌めきに満ちた「歳ヲとること」
いやあ、ほんと、激動の流れに身を置いていた多感な青年期だからこそ生み出せた切実さと、それでも生きることを肯定することのすべてが詰まってないですか。
歌うほどに歌と共に我らもまた人生を積み重ねてきたことの喜びを感じられる歴史に残る名曲だと思います。途方もなく心地よくてあたたかい、この素晴らしい時間の締めくくりにぴったりの楽曲でパフォーマンスだね。


さて、それはもう胸いっぱいだけど何から話せばいいんだろうな……まぁいいや、後でまた考えようっと!笑
気持ちよくおぼつかない足取りでふわふわしていたところ、お声をかけてくださる方が。二年前の神戸で話かけてくださったお姉さんだ! お久しぶりです!
そんなわけで、帰りは途中までお姉さんとご一緒しながらほわほわと心地よくおしゃべり。

お姉さん「●●(超人気メジャーアーティスト)って建樹さんぽくないです?」
わたし「思った! △△とかも! 時代が一周して追いついてきてるんですかね」

みんな思うことは一緒やった。笑
幅広い時代の音楽に自在にアクセス出来る現代からこそ、失われた豊かさ×いまの空気感をミックスした時代の最先端をひた走る新鮮な楽曲が生み出せるんでしょうね。
ますますAIの解釈した「今風」のカバーがどんなのか気になってきたぞ。まぁ結局建樹さんの生み出す熱量に勝てるわけがないのはわかってるんですけど。
それはそれとして、他の人が再解釈して歌う建樹さん楽曲にはすごく興味があります。ヘキサムーンとかTUGUMIあたりが個人的には聞きたいかも。
ところで高橋さんの歌う満月はびっくりするほど最高だったな。なんでわたしの記憶の中でしかもう聞かれへんのやろな。


神戸でもいまひとつMCがウケないのを気にされてたんですけど、ややウケくらいのあの空気感もあたたかくて悪いものではないと思います。笑



表現する事は実生活の中で表立って表すことの滅多にない感情を表に出す行為だからこそ、人間がみな抱えている多面性と矛盾が浮き彫りになることだと思うんですが、建樹さんの持つ「多面的で重層な物の見方考え方」と人柄の魅力に改めて触れられるのがライブパフォーマンスなんだと思います。
曲の世界は「真面目成分でわけがわかんなくなる」くらいには切実な感情や痛みが絡まり合っているんだけど、ご本人のもつ朗らかさや愛嬌のようなものがすべてを包み込んでくれるからこそ、唯一無二の魅力に繋がっているように感じられて。いい時間だったなぁ、ほんとうに。


5/2 大阪公演セットリスト
前半ギターパート
1.絵になる大人
2.6月のマーチ
3.満月
4.String
5.Sweet Rendez-Vous
6.天気雨
7.不思議な夜

後半ピアノパート
8.ある場所にて
9.イノセント
10.早春
11.祈り

MCの中で、半世紀(新曲_ワンコーラス)

12.Spider
13.ヘキサムーン
14.アンブレラ
15.Scream

アンコール
1.Pain
2.歳ヲとること


当時のスタッフさんがこのタイミングで見に来てくれたの!? びっくり&いい話だー。


youtu.be

tateki.net

小林建樹ワンマンライブツアー2026“熱中” 下北沢Com.Cafe 音倉(配信)

不安や迷いや苦しさを紛らわしてくれるのはいつだって何かに熱中出来る時間だ。音楽が描いてくれる景色は目の前からふっと意識を飛躍させ、視界を広げてくれる。
それでも、不都合な現実は易々と消えてくれるわけではない。
目の前に立ち塞がる「ままならなさ」を如実に投射しながらも、ふっと心を緩めてくれるようなあたたかな空気がそこかしこに溢れた貴重な時間だったように思います。
ずっと音楽に熱中し続ける人だからこそ見せてくれる濃密な時間をこうして遠く離れた地にいながら何度も楽しませてもらえるとは、なんとありがたいことだろう。


オープニング、アコースティックギターをかき鳴らしながら歌われるのは「絵になる大人」
暗喩的でありながらそこかしこに鋭く突き刺すような痛烈な社会風刺を感じさせる歌詞と、ヒリヒリした焦燥を感じさせる歌声の鮮烈さにのっけからぐっと心ごと掴まれてしまう。「いま」の時代の空気に必死にあらがっているかのように聞こえるのはきっと、楽曲の中に閉じ込められた光景と「いまこの時」にこみ上げる感情が相互に作用しあっているからにほかならない。
ヒリヒリとした痛みの中でもがいているかのような楽曲から一転して、アッパーな「6月のマーチ」が空気をがらりと塗り替える構成はお見事! の一言。
とは言え、フォーキーで軽やかなサウンドに乗せて伸びやかに繰り広げられる世界は決して曇りなく明るいものではなく、前途多難な道を手探りで歩んでいこうというもの。
自分の世界にだけ閉じこもってはいられない。外と内、両方に目を向けながら自分の感情の核となるものを見失わずにいよう、というメッセージのようなものを感じるオープニングだな。
みるみるうちに聴き手を熱中の渦の中に引き込んでいく3曲を披露した後は、小休止のMC。

(ツアータイトル「熱中」について)
「ちょっとスポーティーな響きなので、失敗したかなって思って」

いやいやそんなそんな。こちらはしょっぱなから熱中しまくりでそれはもう夢中ですよ!笑
まぁなんていうか、ご自分でそう言っちゃうあたりも建樹さんらしさではあるよね。会場からはくすくすとあたたかな笑い声が響いています。

さて、チューニングタイムに続いて披露されるのは……おお、STRINGだ!? 以外な選曲だぞ。スポットライトに照らされながら旋律をかき鳴らし、切々と歌い上げる姿は深い海の底に市沈んでいくかのよう。
ピアノでのパフォーマンスもそれはもう素晴らしいんだけど、ギター一本弾き語りのパフォーマンスでの、この力強く旋律をかきならしながら全身でリズムを刻み、その上に不思議な艶めかしさと奥行きの深さを感じさせる歌声が乗った時のスリリングさは他のどんなアーティストでも体験出来ないもので、何度見ても圧倒されるや。
身体ひとつっていう最小限の単位でのパフォーマンスに落とし込まれた際に、ここまでソリッドでシャープな表現が生まれるんだな。
今回はあまり詰めて練習をしなかったとのこと。綿密すぎるほど綿密な練習を重ねるとお聞きしていたので、それにはちょっとびっくりだ。あまり練習をしすぎると「練習の再現」になりかねないからこそ、よりライブ感を出したかったということなのかな。


続いての話題は最近のちょっと気になる出来事について。
「ケチャップがなくなってきたら振ったりするでしょ。ああいうので失敗したことあります?」
(お客さん「ない」とお返事)
「いままで失敗したことなかったんですけど、こないだ初めて失敗したんですね」

まぁそういうこともあるよね笑
他にもちょっとした日常のトラブルが増えてきた、と日常の失敗談の話題で場を湧かせながらも「劣化してきたな」と、ちょっとドキっとするようなフレーズが出てくるあたり、さすがにこの人だなぁと言わざるを得ない。
語り口のやわらかさや歌声で緩和されている部分はあれど、言葉のエッジは時折ドキッとするほど鋭いよね。

続いて披露されたのは昔いちどライブで演奏したことがある、という新曲「通り雨」
新しい季節へ向かいながら、元にいた場所や大切な相手との距離が隔たれていくことへの寂しさをありのままに受け止めて前を向こうとする姿が優しくてじんわりと胸に響くや。
不都合な感情から目をそらさず、「いま」の自分の立っている場所から見える景色によりよいものにしようという優しさを感じるな。ここから「雨つながりで」とバトンを渡された「不思議な夜」で一気に色彩が変わるのがまた素晴らしい。
ひとりの人の中にこれだけ多彩な光景があるんだということに圧倒されるし、そうした表現の幅があるのもきっとまた、ありとあらゆる時間と経験の積み重ねの中でその時々見つめてきた光景があったからこそに違いない。
こうしてライブパフォーマンスを行うことは、何度でも「その時」に見つけた光景の中に回帰出来るということで。そう思うと、本当にライブとは、音楽家という仕事はすごいことだなぁと感心しきり。
ライブで演奏する楽曲は曲の方から手招きするように呼んでくれる、とはおっしゃっていましたが、「その当時」に閉じ込められたもを「いま」の感情で改めて鳴らすことで、ありありとそこに閉じ込められた感情が解凍されていくかのような懐かしい優しさと、「いま」この時だからこそ見つけられた新鮮な感動の両方を感じられるんだよね。


小休止の後はピアノに移られての後半戦へ。
指慣らしにやわらかく優しいピアノの音色を響かせて続くのは……えっ、「あおいだ空」だ!? ライブで演奏をされることを想定されていないであろう実験的な楽曲がこうして披露されるのにはびっくりしちゃうんだけど、空気の色を鮮やかに塗り替えていく深く澄んだ音楽世界が解き放たれた途端、これが見事に「いま」の必要な音楽なんだと肌で感じられる。ギターでのパフォーマンスも勿論そうなんだけど、シームレスに曲と曲がつながっていく瞬間は何度体験しても鳥肌がたつようにぞくぞくしてしまう。

(「あおいだ空」について)
「311の地震の後、しばらく曲が出来なかった時に初めて作った曲だったんです」
自分はそんなことで揺らぐような感傷的な人間ではないと想っていたらびっくりした、とのことですが……あの状況では無理もない話だよね。神戸の地震の記憶を否応なしに呼び起こされた部分だってあったんじゃないのかな。二度も大きな地震に遭うというのは中々ない経験ですよね。
今年は地震から15年目の節目の年ということで、報道などでも自然と震災に関連するニュースを目にする機会も増えてきたという建樹さん。そこでふと目に入った新聞の社説がとても心に残ったそう。
「15年経ったいまでも行方不明になった人を探し続けている人がいるんですね。すごくしんどいことだろうけれどそれでも続けている、きっと来年も繰り返されるのかもしれない」
どれだけ苦しくとも、生き残った自分たちが「探し続ける」ことを贖罪や使命のように感じているのかもしれないよね。「見つかるといいんですけれどね」とぽつりと付け足すところがすごく優しい。
新聞で取り上げられた記事には、そうやって「行方不明者を探し続ける人たち」へ向けて、哲学者のパスカルの言葉が引用されていたとのこと。

人間は、死と不幸と無知とを癒すことができなかったので、幸福になるために、 それらのことについて考えないことにした。
(パスカル「パンセ」第ニ章 神なき人間の惨めさ 168「気を紛らすこと」より引用

建樹さんの読まれた記事は朝日新聞に掲載の「折々のことば:3595 鷲田清一」のようですね。



圧倒的な不幸や悲しみから逃れる方法はない。それらを乗り越えるためには、これ以上悲しみを増幅させないためには「考えない」しか解決方法はないのだということ。どうにもならないことを考えても身が持たないので、それこそ何かに「熱中」することで気を紛らわせることでしか傷ついた心は癒やせないんですよね。
「難しい話しよんな、と思うでしょ」と、やわらかいトーンで丁寧に紐解きながらも、どうしても話したいことだったと丁重に語る建樹さん。
それだけ「いまこの時に伝えたいこと」として重く受け止めていた証なんだろうな。
政治や社会に対する問題に関して、自身の表現の場で直接的に表現することは決して得意ではない。「非日常の場」として音楽を楽しみに来ている人たちにあまり重い話をしたくはない。それでも、この苦しい時代に身を置いているのは事実だからこそ、自分の受け止めた想いを、実感を込めた「自分の言葉」で届けたいと思ってくださったのかな。
戸惑いや不安を抱えているのはきっと皆同じだからこそ、音楽を通して温かな安らぎや寄り添いを届けてくださることにいつも感謝しています。
去年の神戸のライブでも震災に関する話題をぽつりと話してくださいましたが、「語り継いでいくこと」について考えていらっしゃるのかな。

「自分の歌詞のテーマの大元にあるのはネガティブな感情だからこそ、その根底にある『不幸』から目を反らしたくなかった」
だからと言って聴き手にもそういった負の感情を押しつけたいと思っているわけではないけれど……と茶化し半分にやわらかく話してくださるのがこの人らしいや。
以前のライブではライブ盤に収録する「祈り」を聞いて「めっちゃいいな」と我ながら励まされたという話もありましたが、建樹さんの表現はいつでも「混沌としたものはそのまま」にしてくれる。答えの出ないことに無理に解決策を見いだそうとしないままにやわらかく穏やかに向き合ってくれる優しさがあって、心の奥底に落ちた影をそっと照らしてくれるような心地にさせてくれるんだよね。「行き場のない感情」に音楽という名の翼を与えられて、一気に解き放たれていくかのような開放感を感じるんだよね。
わかりやすい補助線が引いてあるようなものではないけれど、理屈を飛び越えて胸の真ん中に飛び込んできて、この人にしか成し得ない形で心を震わせてくれる。

続いて選ばれたのは出会いと別れの記憶が行き交うこの季節に相応しい楽曲「早春」
わたしはよく「出会わなければ知ることのなかった痛み」を知ってしまえば、それに出会う前の自分にはもう戻れないんだよなってことを考えるんだけれど、この曲が描いているのもそういった景色なんじゃないのかな。
「新しい場所」へ旅立つ時、かつて居た場所になにもかもすべてを置き去りにしていくことは出来ない。悲しみも迷いも後悔も、すべてはそのままにしておくほかない。それらすべてを経験しなければ「いま」の自分になることは出来なかったのだから。そのすべてがただの不幸だっただなんてことはない。
「悲しみを受け入れること」の先にしか見えない光景が確かに刻まれていたこの楽曲に続いて、ただひたすらに純度が高く色褪せない「祈り」が配置されたこの構成にはうならされるばかり。
しかしまぁ、20代の多感な青年がたどり着いた境地がこれで、それが当時本当に沢山の人に届いたというのは全くもって美しい奇跡だよね。

小休止のMCでの話題は、ずっと考え続けているのだということについて。
「今年の3月にchatGPTに聞いてみたらだいぶ進んだんですね。7割くらいわかった感じがして」
知識の泉のような存在で望めば望むだけ議論に応じてくれるので、知的探究心の強い人にはぴったりのツールなんですよね。「正解」を出してもらうのではなく、「考えを紐解く」ことに適したものだよなぁと、個人的には思います。
気づけば対話はエンドレスに続き、遡ることが出来ないほどに長い会話になってしまったそうなのですが……。
「chatGPTは何かにつけて質問をしてくるんですが、会話の中で「人生で最後に書きたい曲は決まってるんですか?」ってことを聞かれたんですね」
構想はぼんやりとあるから……と返事をしたところ、更に返ってきた質問は「一行目の歌詞は?」というもの。
「こんなのでって答えたら『とてもいいですね』って言ってくれるんですね。そしたら『とてもいいので3つ考えました』って歌詞を出してくるんですけど、それが中々いいんです。余計なお世話や! ってなったんですけど」
前にもchatGPTに試しに歌詞を頼んだところ、中々いい物が出来たので「自分で自分に依頼をする」という形式で考えてみたところ、AIには書けない中々いい歌詞が書けたとおっしゃってたのを思い出すな。その後も創作のパートナーとして良いお付き合いが続いてるんですね。

さすがに自分の作品は自分で考えたいから、とスレッドを閉じたのだという建樹さん。
「閉じた後でもね、「めっちゃいいじゃないですか」がぐるぐる回ってるんです」
創作って孤独だからこそ、たとえこちらに寄り添うように設計されたプログラムだとわかっていても、ストレートな励ましや賞賛の言葉を必要としている時にすぐさま投げかけられればそれはもう心だって動かされるよね。
AIに背中を押してもらったことにより、「じゃあ『人生最後の曲』は何度書いたっていいじゃないか」と思い、書いた新曲の「はんせいき」をここで少しだけ披露。
誰しもに寄り添えるような「架空の人の人生」をおだやかにあたたかく振り返るような楽曲は、やわらかで心地よい余韻を広げてくれる。

話題の流れはそのまま、音楽生成AI「Suno」について。
「試しにやってみたんですけど、ものの30秒で作ってくれるんです」
AIの楽曲は世界中の音楽チャートでナンバーワンを取っているそうですが、建樹さんの中では「人間に変わることはないだろう」と脅威に感じることはないのだそう。
まぁ確かにAIの作ったものって独特の癖があるし、集合知を元に導き出した「正解」に過ぎないから、いくらよく出来ていても人間の生み出した物のような葛藤や試行錯誤が見えなくって平坦に感じられる……というところはあるかもしれない。どんなに綺麗な絵でも、どこかしら違和感があるんだよね。
曲を作ってもらうつもりはないけれど、アレンジ機能は色々試しているのだという建樹さん
「K-POPみたいなすごいカッコいい曲にしてくれるんですね」
嵐さんに提供した曲でもそれはありありとあったからなぁ~。ここまで表現には無限の可能性があるんだねって驚かされたもん。
「いまから歌う曲も試しにアレンジしてもらったんですけど……元の曲がいいからだなってことを思ったんですね笑」
冗談交じりにおっしゃいますが、まさしくその通りですね。笑
ここで流れに乗って披露されるのは「Spider」跳ねるようなピアノの旋律の上で軽やかに駆け回る歌声がひたすらに心地よくて、うっとりと聞き惚れるような心地でいれば続けざまに演奏されるのは「ヘキサムーン」~「アンブレラ」アプローチは違えど、それぞれに「わかり合えないからこそ求めてやまない」という切望。跳ね回るような旋律と研ぎ澄まされた歌声がひたすらに心地いいや。
これぞAIには生み出せない創造性の自由さだよね。
熱中の渦に飲み込まれるままにライブはラスト「Scream」へ。
試行錯誤を乗り越えながら平坦ではない道を乗り越えてきたからこそ見えるものがあり、見つけられるものがあるという誇りと愛がまぶしくて優しいね。

まもなくのアンコールで選ばれたのは新曲「pain」
ありとあらゆる物事は避けようのないことだらけで、そのひとつひとつに傷ついたり揺らいでしまう自分を否定しなくたっていい。悲しみや痛みはそのままに、それを受け止めてくれる「居場所」は音楽の中にあるから。
やはり最新の曲はいまの気分、伝えたいことがぐっと凝縮されているからこそ、ライブを通して伝えようとしてくださったことが包括されているかのようで、すとんと胸に響くな。
「孤独であること」はネガティブに捉えられがちかもしれないけれど、自分自身の内なる気持ちを見つめれば、その奥にはまばゆい輝きがあるのだと、自分自身に言い聞かせるかのような歌詞がとても優しい。
「悲しみから目をそらさない、無理に乗り越えようとしない。すべての感情を抱いたまま前に進めるし、痛みを知ったことで見えた景色があるから」と歌ってくれることにどれだけ安心感があるのかということ。
ここからエンディングに選ばれたのが「歳ヲとること」なのがまた素晴らしい。
傷ついたことは取り返しがつかないけれど、色を幾重にも重ねていくように「見聞きした物・感じたこと」を抱きしめていれば心はより豊かになれる、と軽やかに駆け上っていくかのようなパフォーマンスにいつ何度、どんな場所で聞いても心を動かされる。
ライブならではのアレンジで、歌声や演奏にいい意味での「ブレ」があるのもまた生のパフォーマンスのよさ。正確さが売りのプログラムでは成し得ないものだよね。

ライブごとにその時々の「現在地」を伝えようとしてくださっていて、核となるメッセージの部分を決して深刻になりすぎず、ライブという非日常の楽しい時間を晴れやかに過ごせるようにと苦慮してくださっているのは毎回感じるんだけれど、誰にも想像の出来なかった「2026年の春」を迎えているからこその思いがひしひしと感じられる特別な時間だったな。

なんと今回は仙台に大阪に横浜に、とツアーが続くので、ここからまた変化していく部分もあるのでしょうね。

さて、我慢出来ずにたっぷり予習もさせてもらったので、しっかりばっちり見届けてくるぞ! 大阪公演に行ってきます!

小林建樹「BLOSSOM 夜空に咲いた打ち上げ花火」2025/0718名古屋鑪ら場(


コロナ禍がもはや日常となり、配信ライブがめっきり減ってしまった今も尚、こうして配信ありのライブの後、地方でもライブが実現しているのは当たり前ではない、すごいことなんだろうな。何よりもそのことに感謝しないとな、ということをひしひしと感じたライブでした。
どうしても身構えざるを得なくて、それ故に、一時期はあまり積極的になれなかった〝ライブ〟という場に自らの表現を高めるための可能性を見つけてくださっているのなら、一観客として新しい扉を開くための一助になれているのなら嬉しいなと思うばかりです。
当日の名古屋はぱらぱらとまばらに雨が降る薄曇りの気候。気温も低いし行けるか、と近代建築巡りに出たところ、猛烈な湿気で熱中症になりましたが、ホテルで身支度を済ませて無事に会場に到着。一年ぶりのたたら場さん、おしゃれで雰囲気がよくて気分が高まるなぁ。

来場者プレゼントのうちわを受け取り、いざ客席へ。
定刻少しすぎ、「KAGEROU」から本編スタート。ギター弾き語りで披露されることで、よりそぎ落とされた感情の渦にぐっと引き込まれるような鮮烈さが際立つなぁ。
今回嵐さんへの提供曲が選ばれたのは来春の活動停止を受けて、とのことでしたが、歌われなくなってしまう曲を自らが受け継いで歌っていく、というのは嬉しいな。(松浦亜矢さんも実質的に活動休止状態ですしね)
嵐さんたちとは「当然会ったことはないけれど特別な存在としてずっと意識していたから活動休止に至ってしまったのは寂しい」とのこと。えっ、そうなの!?
ここからカナリヤに繋いでいくセットリストがまたかっこいい。力強く駆け出すように刻まれるメロディの中で、ままならない自身の感情に向き合う姿が痛ましくも胸に迫るなぁ。
世間では夏=アッパーなイメージのように思いますが、建樹さんの中の夏は(精神的にも肉体的にもかなり追い込まれながら制作に取りかかっていた)セカンドアルバム「Rare」の記憶と結びついているとのことで、情熱と焦燥感の間でじりじりと身を焦がすような選曲が続いたことはそこにも関係があるのかな。
生で受け取る音楽は音源や配信でスピーカー越しに聞くよりも遥かに力強く、喉元をぐっと掴んでこみあげるものがありますね。
全身で音楽を浴びた時の情報量がとにかくもうすさまじくて、心ごと震えて息苦しくなるほど。そりゃあまぁ、これだけのパフォーマンスを届けるのには全神経をすり減らすのも当たり前のはず。
とはいえ、そういったプレッシャーを無闇にお客さんに押しつけることなく、この場を楽しんでもらおう・自分自身でも楽しもうという温かさがひしひしと感じられるのは嬉しいね。
しょっぱなMCの内容は少し不安定なこのところの天候について。昨日のひどい大雨から持ち直して無事にこうしてライブをやれてよかった、という話題。当日もぱらぱらとまばらな雨でしたが、一日ずれたら大打撃でしたもんね。交通機関にも影響が出たかもだし。
気候の変動には驚かされるばかりだけれど、もう元には戻らないんでしょうね、とぽそりとこぼされる言葉になんだかしんみり。

今回はセットリストも全公演同じで、MCも一通り同じ内容を言葉のニュアンスを変えたり、所々差し引きしたりといった感じ。
なんとなく感じたのは、ライブが日常により身近にある東京の人たちと違って、よくて年1回の貴重な機会になる地方公演ではあまり深刻な話をしないように、場の雰囲気を和やかにしようと意識されているのかな、ということ。せっかく集まってくれたお客さんに楽しんでもらえるように、と慎重に言葉を選んだり、時に飲み込んだりする姿からも日々それは感じるのですが、配信ありの東京公演でその場に集まったお客さんにプラスしてより多くの人たちにみてもらう場で自分の中にある〝どうしてもいま伝えたかったこと〟を受け止めてもらうことである程度の感情の整理がついている、というところはあるのかもな。
混沌とした社会の状況に飲み込まれそうになったり、過剰に傷つけられてしまう中で、怒りや不安をただ露わにするのではなく、やわらかく穏やかな〝表現〟に落とし込む。その上で、過去に残した作品の中で今でも息づいている痛みや迷いに無理矢理蓋をするのではなく、そこに閉じ込めた想いに今一度向き合い、優しく解き放つために音楽を鳴らしているのかな。時間を遡って過去の曲と最新の楽曲たちがシームレスにつながりあう度、そこに宿る不変の輝きはそのままに〝いま〟だからこそ生み出せる表現に新たに研ぎ澄まされた書き換えられていく感覚にゾクゾクと感動させられてしまう。

ギターとピアノでの弾き語りでは、あくまでも音源の再演ではなく、全身でリズムを奏でながら音の渦の中に飲み込まれていくかのような再構築が目の前で繰り広げられていくのがたまらなくスリリングで。サウンドの煌びやかさがそぎ落とされると、芯の部分のソリッドなシャープさと言葉の鋭敏さがより強調されて、それでいて極上の開放感を受け取れるのが心地いいんだよな、とライブを見せてもらうたびに思います。
熱気と涼やかさとの両方を感じた夏の配信ライブとはまた違って、より深い場所へ降りていくような感覚がところどころにあって、少なからず「いま」の時代の空気を感じさせる「Joy」の鮮烈さから、ラテン風のリズムを刻みながら「過ぎ去りし日」の感傷を呼び起こすような「Sound Glider」への繋ぎは見事。
どこか浮き世離れした歌詞の世界観は「鳥になって海外の街を見下ろしている」視点から生まれたそうなのですが(何度も配信をみているのにメモなどとらずにただ楽しんでいるのでうろ覚え笑)俯瞰から見下ろすような超然とした視線と乾いた空気感が言葉からも漂うのはそういうことなんですね。
「音楽の成り立ち」について話すことに興味はあれど……という感じだった建樹さんが、歌詞のバックグラウンドについてこの数年で我々に話してくださるようになったのは印象深いですね。
単純に「丸くなった」という言葉では言い表せないあらゆる心境や状況の変化があったのだろうし、そうならざるを得ないほど、あらゆることがこの数年で移り変わったもんね。
このところのライブで付け足されている「ヒリヒリと痛んだ傷たち~」というフレーズが何度聞いても胸に刺さるのは、おそらく多くの人たちの中にも似通った感情に覚えがあるからなんじゃないのかな。
表現を生業としない人間には「やり過ごす」という選択が選べるけれど、歌をうたう人には「向き合い続ける」という覚悟が必要で、その中で確実に「いまはもう感じることのできない痛み」であること、色褪せてしまった感情に少なからずのショックを受けることはきっとあると思うんですよね。それが成長であることを理解していたとしても。
夏といえば、のSPooNの情熱的な暑さと圧倒的な開放感にぐんぐんとボルテージがあがりっぱなしの中、前半パートはここで終了。これはどかんと盛大な花火が打ちあがったぞ! 暑さはどうしても苦手だけれど、この熱狂は心地いいや。

ピアノに移っての後半一曲目は、これまた嵐への提供曲の「マボロシ」
かき消されていく恋の悲しみを切々と男性ボーカルのユニゾンとアイドルさん楽曲特有のきらびやかで華やかなアレンジで歌う歌詞の世界は、ピアノの弾き語りで歌われると楽曲世界の澄み渡るような美しさがよりいっそう研ぎ澄まされて聞こえてきて、胸に迫るよう。
「モノクローム」は架空の女性の心境を想像して書いた曲だという話題が去年の名古屋のライブでありましたが、提供曲=歌う人の視点をより意識した歌詞は普段とは描き方も違うのかな。

ここで、今回特に興味深く感じた話題。いままではうまく説明できなかったのだという提供曲の歌詞の書き方とご自身の曲の違いについて。
曰く、「提供先の方は俳優さんやタレントさんやキャスターなど、歌うこと以外の本業をお持ちの方が主なので、その方のイメージに差し支えがないように、過剰に色をつけない、具体的な言及を避けた言葉になるからこそ、曖昧な表現になる」という感じのこと。
ああ~、確かに「焦げた光はどんな匂い」ってどういう意味? って思うもんな!笑(それでも、あのメロディとアレンジと歌声で送り出されると「わかる・わからない」の次元を易々と飛び越えた先にある情動をかき立ててくれるから大好きです)
建樹さんは「どこかしら腑抜けな印象になってしまう」とこれまた強い言葉でおっしゃいますが、それ故の普遍的な心象風景を捉えた美しさとして消化されているところはあると思うんですよね。
マボロシのほうは比較的みんなが共感しやすい、ドラマや映画の主題歌になっていそうな恋の痛み、KAGEROUはどこか観念的な「まだ何者にもなれない」青年期の揺らぎを描いているように感じたんだけど(「夜空ノムコウ」にも通じるけれど、もう少し哲学的な表現で「過渡期の若者」のおそれや不安を描いているような歌詞だな、と思います)あの時代の彼らに向けて描かれた曲だからこそ描けた風景なんだろうな。
提供曲の歌詞はリテイクも多く、少しでも食い違う部分があると感じられるとほんのワンフレーズ程度でもかなり厳しい直しがくる、その理由がなんなのか長年よくわからなかったけれど、こうしてMCで話すために整理したらなんだか自分の中で答えが見えてきてすっきりした、とリラックスした様子で語る姿に我々もなんだかほっこり。
「イメージを背負う」というのはそれだけ歌い手にとって大きなことで、求められるものもそれは大きいのでしょうね。
とはいえ、職業作家や裏方として積んだ経験もまた、豊かな実りとして建樹さんの実りにつながっているのを感じられるから、我々ファンはとてもうれしいのですが。
楽曲の雰囲気はどこかしら似通いながらも提供曲とは異なり、自分自身の表現にフィルターなしでまっすぐに向き合って生み出された「イノセント」はライブで鳴らされる度に新たな高みに到達しているのを見せてもらえるようで、すごくゾクゾクさせられて素晴らしいですね。

次の楽曲、「ハートRadio」は、いまでも子供時代から愛聴しているというラジオにまつわるお話。
現在はradikoの時代になりましたが(プレミアム登録済みのヘビーユーザーです!)、中高生の頃に食い入るように貴重なライブ音源やインタビューを聴いたり、新たな音楽との出会いにわくわくしたり、時にラジカセを窓際に持って行って必死にエリア外から電波をキャッチした思い出は、いまでも懐かしいなぁ。
子供のころ、浜村淳さんのラジオでの映画紹介を聴いては、子供だから見に行けないけれどわくわくしていたという建樹さん。

「後に芸人さんが浜村淳さんが紹介してた映画、おもんなかったわ~って言ってまして。浜村淳さんの語り口がおもしろかったんですね。きっと」
(ここでは名古屋の噺家さん? 芸人さんのラジオの話題も少し加わり、ご当地サービスもあり!)

いまの建樹さんのお気に入りの番組はNHK-FMの「クラシックの迷宮」という音楽評論家の片山杜秀さんの番組で、ほぼすべての回を録音して保存しているほどの愛聴番組とのこと。
片山さんの魅力は建樹さん曰く「すごく上品で育ちのいい語り口をされるところ」とのことなのですが。

「こんな風(前衛的なピアノ曲のフレーズを演奏)な曲を流して、これこれこういうことなんですよ、とサラっと解説されるんですけど……なにをおっしゃってるのか訳が分からない。笑」

なんかすごくよく似たシンガーソングライターを知ってる気がする!笑
一から百までわからなくともいい、「心地よい体験」をもたらしてくれる優しい語り口や表現の持ち主であることが素敵、ということなのかなぁ。人柄に魅力が宿るというか。
うん、わたしもまたそんな風に素敵だなあと思う人がいま目の前にいらっしゃいます。笑
続いて、青春時代へと時を巻き戻す「キナコ87」(夏になるとよく焼き芋屋さんがわらび餅を売りにきていたので、わらび餅=夏はわからなくもないかな……いやでも暑くて喉がからからの日はシャーベットとか笑)

やがてMCは少し前に目に留まったという印象的なふたつのエピソードへ。

(偶然目にした千原ジュニアさんのYoutubeの番組にゲスト出演されていたという芸人の「ですよ」さんについて)
ですよさんの芸自体は率直に言えばあまり面白いとはいえないもので、そのパフォーマンスを「あーいとぅいまてーん!」の決めセリフで締めくくるのが特徴。
「千原ジュニアさんに『自分真面目やなぁ、楽屋でもずうっと練習してるやろ』と茶化されたですよさんは『なに言うんですか、完璧になるまでずっと練習するんですよ!』と言い返すんですね」

なんでも自宅でも楽屋でも「あい」「とぅいま」「てん」に分けて練習しながら「いつか完璧にいえるように」と鍛錬を重ねているようです。努力家だ!
そこで思い出したのは、少し前に読んだ新聞での山下達郎さんのインタビュー。達郎さんのモットーは、いつお客さんがきても全く同じ曲目、全く同じ質のパフォーマンスで完璧なものを届けたいというもので。(ライブとは生物であり、実験の場であるから二度と同じものが見られないところに魅力がある、という考えもあるので、なるほどという感じだ。)
自分自身は表現については試行錯誤し続けていて、ライブで演奏する際には前奏を変えたり、「祈り」をギターで演奏したこともある(なにそれ聞きたい!笑)
表現を送り出す際の方法論に絶対的な正解はないけれど、お客さんにとって最高のパフォーマンスになるようには練習を重ね続けるしかないというストイックさは胸を打たれるな。避けようのない苦しみや葛藤は当然あるけれど、迷いも戸惑いもすべて包み込んで受け入れて、「いま」と、その先に続く「これから」の糧にしていこうと締めくくる「It's OK」で本編が締め括られたのがとてもよかったな。

続いてすぐさまのアンコールは夏にちなんでの怖い曲、と選ばれたMistery。この曲は魑魅魍魎の渦巻く世界(幽○白書、と東京ではおっしゃっていましたね)をイメージしたけれど、いまの世の中こそが人を陥れようとする怖い人たちの渦巻く世界で……とぼそりと控えめにはなされていたのが印象的。不安な気持ちにさせるような話題は避けよう、と意識されていたかのように見えましたが、だからこそぽつりと話される言葉が印象に残るのかも。
他者との折り合いのつかなさを「異なることこそが美しい」と軽やかに愛で包み込む「ヘキサムーン」で本編は終了。
表現とは受け手によってどうとでも解釈されるもので、送り手がそれらをコントロールすることはできるはずもない。だからこそどんな風に出力するのかの試行錯誤の繰り返しの中で、いまこうして我らが目の前で受け取った音楽は鳴らされていて、その中の一部分をこうして目の前で紐解いてもらえる時間があることはとても幸福だな、と思いました。楽しい時間だったな、本当に。時に涼やかに、時により熱い思いを届けるようなそんな心地よい夏のひとときでした。素敵な時間に心より感謝しています。


終演後はおみやげに、とご用意してくださったうちわへのサインタイム。

わたし「KAGEROUがすっごくかっこよくてびっくりして改めて嵐さんのほうも聞いたんですが、建樹さんの楽曲の世界と嵐さんの表現による化学反応にすごく感動して」(実際にはこの2倍くらいの勢いでお話しています。笑)
建樹さん「そうなんですね~、ありがとうございます。言われてつくったんでねえ」

そうなんだ!?(楽曲提供の裏側はわからないのですが、あちらのスタッフさんに指名された???)

わたし「藤木直人さんのHOUND DOGの俳優さんならではの色男なかっこよさと建樹さんのセンスの融合が大好きなので、建樹さんの歌でも聞きたいです」
建樹さん「練習しておきます」

やさしい!笑(前にもお願いしてみたら実現したことがあります。偶然かもしれやんけど。笑 そういうことにしておくのが大人だよ!笑)
コロナ前までは表にたっての活動にどこか乗り気ではなさそうだったし、「緊張する」という言葉もしきりにおっしゃっていますが(正直に話してくださるのはいいことだと思います)、地方公演を2公演を無事に成功させたあと、東京以外でもこうしてライブを行えること、自分の表現を送り届けることに達成感や楽しさを感じてくださっているのが伝わってきたのがうれしいや。
とても素敵な時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。


言葉にならなくてもどかしくてそんな思いこそが愛おしいとおもいながらも自分の中に生まれた感情を大切に言葉にしたいと思う気持ちに矛盾はないんだよな。
いい時間を過ごさせてもらえて幸せな気持ちになりました。


tateki.net

次は11月で、なんと神戸だと!? あまりに嬉しくて小躍りしそうになりました。笑 楽しみだな。

7/18名古屋公演セットリスト
前半ギター弾き語り
1.カゲロウ
2.カナリヤ
3.満月
4.進化
5.Joy
6.Sound Glider
7.SPooN

後半ピアノパート
8.マボロシ
9.イノセント
10.ハート♡Radio
11.キナコ’87
12.花
13.祈り
14.it's OK(アルバム『Gift』)

〜アンコール〜
1.Mystery
2.ヘキサムーン

小林建樹ワンマンライブ “BLOSSOM”@3/22 大阪「歌う魚」



東京に引き続いて翌週の大阪でのライブは東京公演を終えた後のリラックスした和やかなムードとともに、「ここだけ」の場が生み出すあたたかくて心地よい空気に終始あふれていたように感じられました。
日々絶え間なく変化し続ける社会の中に身をおきながら自分の音楽に向き合うこと、打ち込みを多用した音源でしか表現し得ない音楽を自分の身ひとつのパフォーマンスで再構築してみせること、ライブを通してたくさんのフィードバックを受けること。
この数年間積み重ねてきたものが着実に実を結んで、あたたかく穏やかな新しい季節に向かっていく場面を見せてもらえたようなライブだったなぁと思います。


会場となった歌う魚さんは心斎橋の裏通りのちょっとした歓楽街のど真ん中。周囲にはその手のお店のきらびやかなパネルが目立っています。ワーオ。
歌う魚さんはオーナーさんのお子さんが描かれたのかな? というお魚さんのイラストが店内に飾られ、ステージにはフラッグの吊されたアットホームで和やかな心地よい空間。
ドリンクチケットにとビー玉を渡され、金魚鉢に沈めることで交換となるあたりもユニークでいいな。

開演時間を少しすぎたところで建樹さん登場!
一曲目に選ばれたのが「Breath」なの、軽やかで清々しい春の音色が満ちていくようで心地いいなぁ。
一息ついてのMCは今回の会場の立地について

「なかなかこないような場所で……たどり着けるのか心配になりましたね」
夜の街って感じの場所なんでちょっとびびりましたね。笑(歌舞伎町みたいなところって言ってもいいのかな。周辺にはきらびやかなお兄さんお姉さんのパネルにお花屋さんとドレス屋さんが並んでおりました。笑)
畳みかけるように奏でられる「魔術師」のスリリングさ、ドラマチックな壮大さに引き込まれる「斜陽」は相変わらずの圧巻のパフォーマンス。

このところのライブで定番となった、楽曲や歌詞のテーマに纏わるMCは相変わらず健在。

(「君はそれがいいたいだけ」について)
「要するに言いたいだけちゃうん? みたいな曲です」

コミュニケーションの難や苛立ち、もどかしさは繰り返しテーマにされてきたことのように感じますが、諦念もいらだちももどかしさも、時を経た「いま」だからこそ語れる視点でやわらかく受け止めているようなやさしさを感じます。
体全体で音を鳴らしているかのようなグルーブの心地よさも、ライブごとに異なるアプローチをいくつも仕掛けてくるかのようなギターの奏法も、宅録の手法で生み出された生のパフォーマンスでは到底再現不可能となる楽曲たちを如何に、目の前の観客たちにこの身ひとつで表現して見せるかということには毎回試行錯誤されているはずで、それ故にライブが毎回新鮮なんですよね。
同じ楽曲を演奏したとしても、その日のコンディションも含めての一度限りの再現不可能なライブの中でどうやって「この場限り」の新たな可能性を切り開いてみせるのかというのをありありと見せてくださるから毎回わくわくしてしまいます。

出身地である神戸のお隣でもあり、デビューからしばらくの間なにかと縁があった大阪はホームともいえる場所なのでしょうが、長く間が空いてのワンマンライブ、初めての場での演奏であること、そもそものライブというもの自体に毎回緊張はしてしまうようで……。

「ライブっていうのは毎回すごくプレッシャーで緊張してしまうんですけど、そんな時の胃の不調に大根と牛乳がすごく効くんですね。牛乳なんて飲んでたまるか! くらいに苦手やったんですけど。大根は今日も東京からタッパーに入れて持ってきました」

ストレス性の胃痛って本当につらいですもんね。笑
いい緩和方法が見つかった上に美肌効果もあったようですごくよかった。辛いの苦手なのでわたしはあんまり食べられない。笑
楽曲を聴いていれば、鋭すぎる感受性があの音楽を生み出しているのであろうことはありありと伝わるのですが、自分自身の心身の変化やこの数年の時代の急速な移り変わりの中で、ご自分を「どう乗りこなすか」を切実に考えてらっしゃるんだろうなぁ。

どんなアプローチで再構築されたとしても毎回ぞくぞくくるような驚きと喜びをくれる「満月」の後は最新楽曲「Sceram」
かっこいいなぁ! と月並みなことしかいえないのですが(笑)、定番の楽曲からシームレスにつながることで、古びない瑞々しさと音楽への情熱が手に取るように伝えてもらえて感動してしまうんですよね。
いまこうして目の前で歌ってくれる、「いまこの時」を閉じこめた音源を届けてくれる建樹さんから目が離せなくて大好きで、心からそう思えることがうれしくてたまらないや。
さて、大充実な前半はここで終了です。



ピアノに移られての後半戦のスタート、指ならしのピアノ演奏(毎回美しくてじんわりと胸いっぱいになっちゃうや)の後は何度聞いてもみずみずしく美しくて優しい「最初のメロディ」
(特別な思いが強い故に歌えない時期もあった、とおっしゃっていた気がしますが、最近ちょくちょくと歌ってくださるのはまた違うステージに進まれたと思っていいのかな)
続けざまにしっとりと美しく優しい「祈り」が演奏された後は……。

「最後のとこ間違えました。もう一回やらせてください。拍手はしないでいいからね」

アウトロの再度の演奏後、お客さんは自然と拍手。まぁね、こんな素敵な演奏聴かせてもらって拍手しないだなんて無理な話です。笑

やがてMCはちょっと気になる話題に。
メジャーをいったん離れ、シンガーソングライターのほかに職業作曲家・プロデューサーとしての可能性を模索し始めた建樹さんは音楽の構造についてかなり勉強されたそうで、その探求心は今も続いているごようす。

「最近の楽曲で話題になるものはアニメの曲が多いですね」
あれとかあれとかそれとか……? いい曲ですよね。(具体的にはあげない。笑)

「楽曲のコードにも好まれるもの、多用されるものというのがあって、音楽をやっていく上ではそういったことは知っておかないとだめなんですね。「No.1」みたいなコードは玄人の人には好まれないものなんですね。笑」

それであのかっこいい楽曲を作ってしまうのはセンスと技術力のたまものですよね。笑

最近の楽曲には時代が一回りして追いついてきた感というか、2000年代前半の男性シンガーソングライターの温度感と近いものをなんとなく感じることがあります。
(○○って建樹さんみがない? ファンの人聞いてくれない!? ってめっちゃ思う。笑)
建樹さんもまた、「いま」の空気やセンスを自分なり取り入れられる部分は意識してらっしゃるのかなと勝手に思ったり。時代の空気を反映しながら瑞々しい音楽を生み出してくださっているからこそ、新鮮な喜びがいつでも感じられるのかな。


表現にはおのずと社会を取り巻く空気が反映されるもの、建樹さんの中にも当然そういった気持ちはあるようで……不穏なこの世の中の中で信じられるのは君だけ、と切実さを込めた「No.1」についてはこんな言及が。

「社会はどんどん悪い方向に向かっていくだなんてことをいう人もいますが、僕はそうは思わないんですね。社会の隙間に~なんてフレーズは、自分とは違う考えの人に気持ちをスライドさせて書いた歌詞です」

言葉に対する重みや責任を感じているからこそ、言葉を選んで選んで(飲み込んで)おっしゃっていることなんだろうし、東京で語られた「自分が毎朝見ているニュースでは不安な話題ばかりが飛び込んでくるけれど、それぞれに見えている世界は違うだろうから自分の見ていることばかり話してもきっとほかの人にはピンとこない」(から、普遍的な日常のことを話すように心がけている)というのともつながるのかな。

世の中目を覆いたくなるようなニュースだらけで、無関心でいるわけにはいかないけれど引きずられずにいることは不可能で、そんな中でいかに自分の芯を見失わずにいるのか、傷つきすぎずに生きていくのか、というのは切実なテーマとなっているんでしょうね。戸惑いやもどかしさを隠さない等身大なお姿や、とても慎重に言葉を選び、時に飲み込む場面からもありありとそういったところが伝わるような気持ちになります。
決して重くなりすぎず、やわらかく穏やかな温度感でこうして我らに楽曲の外側からも語りかけてくださる建樹さんのお人柄もすごく好きだな。集まったみなさんの空気からもきっと同じようにこの場・この時間を楽しんでいらっしゃるのが伝わってなんだかうれしい。
危うさや激情的な部分、痛みや不安、混沌としたものをやわらかく穏やかでファニーなお人柄で包んでしまうのが建樹さんの魅力なんだよな、と改めて思うのと同時に、ありとあらゆる感情を飲み込んでプレッシャーに押しつぶされそうになりながら立ってくださる「ライブ」というこの場が建樹さんにとっての実りがあるものであればなぁ、と思わずにはいられないや。
少しでもプラスのエネルギーをお渡し出来ていればいいんだけどなぁ。

(「ナナコロビヤオキ」について)
「20年くらい前に音楽を一緒に作っていたバンドの子たちに提供したくて作った曲なんですね。仲違いをしたわけではないけれど、様々な事情から縁が途切れてしまったので自分で歌うことになって……自分の曲は歌詞がなにを言っているのかわからないってよく言われるけど、これは本当にわかりやすい笑」

自分の楽曲、として送り出すのなら歌えなかったストレートで前向きな感情の吐露を今このタイミングで自分で歌うことになったことには、おそらくここではいえないことも含めていろいろな感情があるのかもな。
素直さとひたむきさを感じさせる楽曲から一転してややひねくれたポップセンスを伸び伸びと解放させていく「ヘキサムーン」へとつながるのがまた最高にかっこいい。
一筋縄ではいかない「自分らしさ」を模索し続けているところが建樹さんの表現の美しさの唯一無二の個性の礎なのかもしれない。

やがて時間は一気に駆け巡り、最新作から高校時代の部活の思い出を振り返る「キナコ87」、過ぎ去りし時に思いを馳せる「早春」、と最新アルバムからのタイトルが続くラインナップへ。
過去に感じた痛みや思いは時間が経つにつれておのずと色褪せたり薄れたりするもので、そうでないと生きていけないし、それによって救われるということは勿論あるけれど、決して「なかったこと」にはできないんですよね。
そういった類の過去に置き去りにしてきたつもりでもいつまでも消え去ることはない痛みをやわらかく受け止めて前を向こうとする優しさと、無理をしないけれど着実に明るい方向へ舵を取ろうとする姿勢に胸を打たれるのかな。
こうして生のパフォーマンスで放たれた楽曲に出会い直せることで感じられることが沢山あるのがすごくうれしいや。
いつ歌われても「いま」の感情を穏やかに受け止めるように優しく響く「歳ヲとること」で本編は締めくくり。わぁ、本当にあたたかで心地よい時間だったな……けど、まだまだ終わらないですよね?笑

すぐさまのアンコールでは最新アルバム「ブロッサム」の紹介。ジャケットのイラストにもこだわりがあったようで。

「僕のこと祈りで知ってくださった方が多いと思うんですけど、ひどいジャケットでしょう?」

場内、くすくすと笑い声が。笑

「水族館で何枚も写真撮ったんですけどなんでかあれになって。もうあれ以来ジャケットというものに興味がなくなりまして。今回も自分の写真にしようかなとも思ったんですけどイラストにしました」

裏ジャケットの横尾忠則さん風味のちょっとサイケな感じもかっこいいですよね。
ピンクと緑のコントラストもキュートで優しい表情のイラストもかわいいですよね。
(オフィシャルサイトの作品に向けてのコメントが本当にすてきなので今一度みなさんも読んでほしい)

依然と混沌とした世の中は続いていくけれど、それでも前を向いて明るくやっていく、ずっと音楽に夢中で恋している気持ちの灯火を絶やさずにいられるように、というまっすぐな思いが優しく溶けていくかのような時間で、個人的にはこの数年で一番安心感と穏やかな心地よさを感じられたライブだったように思います。(時に胸を掴まれすぎて息苦しくなったり、感情がフル回転しすぎて言葉が追いつかないような気持ちにおそわれたりもしたので)
建樹さんの音楽が好きで、いまの建樹さんがいちばん大好きだなというふわふわした幸福感で胸がいっぱいで、元気いっぱいに「今年もよろしくお願いします」とご挨拶をして帰りました。
すごくうれしくてふわふわして……帰り道の下りの階段で足を踏み外さないか心配になりました。笑


次のライブは7月5日におなじみ音蔵さん(配信もあるよね、うれしい~!)の後、二週間間をおいて名古屋と福岡!
一週間だと慌ただしいので(笑)うれしい~!
そして去年と同じ会場なんですね。両方行きましたが、箱も周囲の雰囲気もすごく素敵な場所なんですよ。これは素敵だな~!
夏は暑さが尋常じゃないので出来るだけ動きたくないのですが、ライブとなれば話は別です。うーん、行くなら日程的に福岡かなぁ。

いままでなら難しかったであろう東京以外でのライブがこれだけ実現していて、音楽とともに歩みを進めていくことに積極的になってくださっているのがほんとうにうれしいな。
次のライブも待ち遠しいな。

3/22 大阪公演セットリスト

前半ギターパート
1.ブレス(アルバム『Emotion』)
2.魔術師(アルバム『Gift』)
3.斜陽(アルバム『Music Man』)
4.君はそれが言いたいだけ(アルバム『Gift』)
5.満月(アルバム『曖昧な引力』)
6.M&R&R(アルバム『Mystery』)
7.Scream(アルバム『BLOSSOM』)

後半ピアノパート
8.最初のメロディー(アルバム『Blue Notes』)
9.祈り(アルバム『Rare』)
10.No.1(アルバム『Gift』)
11.トリガー(アルバム『Rare』)
12.ナナコロビヤオキ(アルバム『BLOSSOM』)
13.ヘキサムーン(アルバム『Music Man』)
14.キナコ’87(アルバム『BLOSSOM』)
15.早春(アルバム『BLOSSOM』)
16.歳ヲとること(アルバム『曖昧な引力』)

アンコール
1.Blossom(アルバム『BLOSSOM』)
2.ハルコイ(アルバム『BLOSOOM』)

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そしてこの感想をアップ出来たのが5月なのは3月中にずっと風邪を引いてたりとか個人的にショックなことがいろいろあって文章を書くどころじゃなかったんですね。
平常心を保ってアクティブでいること、表現したいことを形にするためのエネルギーを枯渇させないことがどれだけ無理難題なのかということをこの数年間でいやというほど痛感させられたので、「元気でいてね」がものすごく胸に沁みるや。

名もなき音楽好きな一般人の趣味のブログですが、自分が見聞きして感じたことを残しておくのがとても楽しいので(東京公演の配信の感想を書けなくてすごく悔しかったんですが笑)これからも気がむく限りで無理せずにやっていければなぁと想います。
見に来てくださるとうれしいです。

小林建樹「25th anniversary "これから始まる素敵なこと" 」 2024.12.21 コムカフェ音倉

2年前の音倉さんでの6年ぶりの有観客ライブが建樹さんのライブ活動再開の第一歩だったことを思うと、こうしてまた同じ時期にライブを行っていただけることが、一週間前に別件で東京に行っていた関係で会場に行けなかったけれど(笑)配信で参加させていただけることが本当にうれしかったです。
配信を続けて下さるミュージシャンの方がめっきり減ってしまったことを思うと、より一層と。
というわけで、特設会場:我が家からの感想をまとめさせていただきます。


オレンジのムード満点な照明に照らされながら登場した建樹さんがギターをかき鳴らし、足でリズムを取りながら力強く歌うのは1stからの「Booo Doo Loo」おおー! しょっぱなからゾクゾクとしびれるようにかっこいいぞ!
念願のデビューが決まったことへの戸惑い混じりの驚きと喜びをありのままに閉じこめたという楽曲を高らかに鳴り響かせた後は、流れるままにこれまた初期の名曲「コスモス」
序盤でやや歌詞が飛ぶ場面など、ややハラハラさせられる側面はありつつも、音楽を奏でる心地よさが緊張を上書きして乗り越えていくさまを見せてくれるのがみていて心地よいですね。
メドレー形式で流れるままに演奏されるこの曲は……おや、新曲だ!
(ナナコロビヤオキ)

こうして続けざまに披露されると、天性のリズム感や生きたメロディといった根幹の魅力は色褪せず普遍のまま、強すぎる感受性ゆえのあやうく尖った部分は磨き抜かれてやわらかく穏やかに、俯瞰して自分の人生を見つめ直しながらより優しく豊かな音楽世界を見せてくれるようになったことの自然な変化を感じられてジーンとしてしまいますね。
立て続けのパソフォーマンスの後は小休止の最初のMC。
25周年イヤーとしてライブを幾度も重ねてきた今年一年の感想をまとめると「聞いてくれてありがとう」の一言とのこと。こちらこそ素晴らしい音楽体験をありがとうございます。
続いて、「サブスク解禁された楽曲の中からすごく久しぶりに歌う楽曲を」と披露されたのは「TUGUMI」! やったあ大好き!笑
ギター弾き語りでこんなふうに再構築されるんだな、というのもたまらないし(駆け上るようなピアノの旋律も大好きなのですが、ギターのカッティングで刻むメロディで歌われても本当にすごく素敵ですね)胸の奥からぐっと深く掴まれるような切なさと温かさがこみ上げる焦燥感を感じる世界がたまらなくいとおしいな。
そのままギターをかき鳴らしながら歌われるのは……えっ、「replay」だ? これまたピアノで後半に演奏されるイメージだったからこれはびっくりだ。
ありのままの焦燥感やもどかしさに向き合いながらも自分の気持ちに向き合おうとする強さと優しさを感じる「TUGUMI」の後にストレートに「大きな壁に打ちのめされたことからの再出発」を決意するこの楽曲が選ばれるっていう構成にはすごく感じ入るものがあるなぁ。

やがて話題は制作中のアルバムについて。試行錯誤の連続の中、結局どれがよかったのかと迷うことも多いようですが……。
「曲を作って聞いてもらえていいねって言ってもらえると、めちゃくちゃいいな。張り合いがあるなって感じられるんですね」
こちらとしても素晴らしい作品を届けてくださったことへの感謝を受け取ってくださりうれしい限りです。

(近作である「Gift」、「Mystery」について)
「Giftは社会に対するさまざまなメッセージを、Mysteryには悪人を主人公に書いたんですが、いま作っている作品はそういったことはないんですね」
すごく繊細で多感な人なんだろうなというのは端々から感じるし、混沌とした社会への戸惑いや不安に心を痛めていらっしゃるごようす、こんな世の中でどんなふうに「表現」を送り届ければいいのだろうかと悩んでいらっしゃるのだろうな、というのは活動再開後のライブからはひしひしと伝わってきたもんね。表現を生み出す上では、社会にはびこる空気に背を向けることは出来るわけなどない。
制作中の新作に関してはそういった気分からは一転して、「パッ」と明るい作品になっている、とのこと。タイトルは「ブロッサム」を予定しているそうです。楽しみだね、嬉しいなぁ。

やがて、話題は次回作ともどこか似通った雰囲気になりそうだという1stアルバムについて。
「当時のディレクターさんに1stにはアーティストの要素がすべて詰まっているといわれたんですが、25年やっててもまったくわからなくって」
建樹さんなりにそこから導き出した答えは「聞いてくれた人が決めることだからこそ、当人にはわからない」というもの。
受け取ってくださった方が見出してくださったものの中には自分では気づけなかったことがあって、それを教えてもらえることって本当に嬉しいんですよね。ワカルヨ!(らいさんはちょいちょいおこがましいことを言わないでください。笑)
「だからこそ、リクエストなんかで教えてもらえるといろいろ見えることがあってうれしいなぁって」
リクエスト企画、ほんとうに大きな喜びとなったんですね。
続いて前半戦最後に選ばれたのは「ずるい恋人」をテーマにしたのだという最新曲「夕闇」とデビュー曲「sweet rendezvous」と、25年をぐるりと一つなぎにするラインナップ。
ナイーブさを振りかざす男のずるさを描いた楽曲ではありますが、テンポの心地よさとやわらかな愛嬌の滲んだ歌声との溶け合うとしゃあないな、と許してしまいそうになる。笑
続いて歌われるsweet rendezvousのどこかしらぞくぞくと蠱惑的でなまめかしく、つかみ所のないあやうい美しさにはぐいぐい引き込まれるばかり。デビュー時から本当に規格外の才能の持ち主だったんだな、と何度聞いても思います。(この人をこの曲で世に送り出したレコード会社の慧眼もまた素晴らしすぎる。笑)

さて、ここからはピアノに移られての後半戦です。
「三曲目に歌った曲、みなさん知らないと思うんですけど……知らないという前提で話をしますけど」
未発表曲だからなにか特殊能力でもないとみんな知らないと思うなぁ!笑
「こういう曲なんですけど」(ここでさらっとピアノで弾き語り!)
こちらは毎年クリスマスにアップされる新曲とのことです。わぁうれしい、一足早いクリスマスプレゼントだったんだね。

youtu.be


続いてドラマチックなピアノの前奏から奏でられるのは……わぁ、fewだ! 建樹さんのピアノの音色は音が軽やかに弾むような天性のリズム感とゆっくりと高らかに舞い上がるような開放感があるよね。
ここからの「目覚め」~「夜光虫」のメドレー、言葉で言い尽くせないほどに美しかったですね。張りつめたものが穏やかに解き放たれていくかのような切なさと優しさが痛みや迷いを昇華させていくみたいで。
どちらもリクエストで選ばれたそうですが、本当に瑞々しくてやわらかくて優しさに満ちた美しい曲で、こうして演奏される度に磨き抜かれていくようで。聞いているみなさんの中でも大切にともに過ごしてきた曲なんだよね、きっと。

建樹さんの中では楽曲の歌詞を書く際に特定の場所を思い浮かべることが多くあるそうで。
「夜光虫は荻窪の町の夜を想像したんです」
中央線を走っている青梅街道のあたりを車で走っている際に浮かんだイメージが元になっているとのこと。後にキーワードして語られた通り、「場所」が連れてきてくれたものが生み出した音楽だったんですね。

(「目覚め」について)
「この曲は頭の部分(さらりとピアノで披露)が出来た後、なかなか出来なくて……これは代々木上原のスタジオで作ったんですけど。スタジオに入る前にパンとコーヒーを買って食べてから入ってたので、その光景がいつも浮かぶんです」
楽曲の美しい世界とは裏腹なのがなんだかほほえましくていとおしい。笑
以前に話してくださった「ミモザ」を収録した池尻大橋のスタジオのエピソードを思い出しますね。「場所」の記憶とそこで生まれた音楽とはしっかり結びつくものなんだるなぁ。

(fewについて)
「伴奏がごつごつしてるのがいいと思うんです。ピアノで作るともっと流麗な感じになるんですが、ギターで作ったのでごつごつ! って感じになるのがいいなって」
リズミカルにテンポを刻んでいくかのようなパーカシッヴでロックテイストの演奏にはそんな裏話があったんですね~。

「次の曲がリクエストでは最後の曲で、イノセントを歌うんですけど……これは場所だと北海道っていうところで。北海道ってみんな知ってるよね。笑 県のひとつ、いや道か」
誰もが知っていますね。笑
韓流スターを先取りしたような(笑)(なんかあの時代に男性ミュージシャンの白いセーター姿のPVをよく見たような?笑)もふもふの白いセーター姿がすてきなロマンティックなPVの撮影時には実は裏話もあったようで……。
「国立公園で撮影したんですけど……とにかく馬糞が多かったの。笑」
あらあらまぁまぁ。笑

どの楽曲を聞いてもいえることですが、「その時」でしか感じられなかったであろう痛みや迷いや喜ぶをありのままに閉じこめた楽曲が「いま」こうして再演されて出会い直すその度、まばゆく色褪せることのない純度の高いきらめきに満ちた想いが優しく差し出してもらえるようで、こうして実り豊かな「いま」を見せてもらえることが愛おしくてたまらなくなります。
毎回なにを話そうか考える、とのことですが、こうして「なにを伝えるのか」を考える時間もまた、ご自身に向き合い、さらなる表現を磨く時間となるところはあるのかな。

「場所の話からつながっているんですが……僕は何年かに一度年表を書くんですが、書いていて気づいたのは『どこにいて誰といたのか』が何よりも重要なことで、なにをやっていたのかではないんだな、ということに気づいたんです」
建樹さんの中での「自分らしさ」の核には「どこに誰といたのか」が大きく関わっているとのこと。
25周年イヤーの皮切りとなった2月のライブでは「26歳から東京にでてきたけれど、自分のベーシックを新しく作り上げることは無理だった」といった旨の発言がありましたが、人生の半分を過ごし、活動の拠点としてきた東京で過ごした時間、目にした風景、出会った人たちは建樹さんという唯一無二の才能の持ち主にたくさんの豊かなものを与えてくれたのだと考えてもいいのかな?
活動再開後すっかりホームとなった音倉さんも、いつもにこやかな笑顔で優しく接してくださるスタッフさんも建樹さんを温かく支えてくれる「場所と人」という財産のひとつなのかもしれませんね。

生まれ故郷である兵庫が汚されているようですごく嫌だった、と、ためらいがちかつすごく慎重な口振りで兵庫の選挙での騒動を語られた後、場所つながりで、と続く話題は評判のドラマ、「地面師たち」について。
すばらしい俳優さんたちの演技と音楽のかっこよさに魅了され、ドラマ熱が高まったところで次に観たのはこれまた少しばかり前に話題になった映画、「ミッドナイトスワン」
立場は違えど各々に生きづらさを抱えたふたりが心を通わせあっていく姿には深く感じ入るものがあったそうなのですが。
「見終えて2ヶ月経つんですけど……『地面師たち』が吹っ飛ぶくらいにショッキングなシーンが幾つかあって、引きずってしまっているんですね」
万人には薦められないけれどいい作品だとは思う。とは言え、ショックが大きくて、と慎重に語られるようすに感受性の鋭さと優しさの両方を感じちゃうな。

小休止のMCの後は、再びライブ本編へ。
「最近動画でよく観ていたチャーリー・コーセイさんのルパン三世のカバーを20年ぶりくらいに歌います」
子供のころから慣れ親しんだアニメソングが音楽の原点と語られていらっしゃいましたもんね。
年末なのでここから一気に5曲歌います。きょうは本当にありがとうございました、と、伝えたかったことを一気に話した後は、肩の荷が下りた、といわんばかりのすこしほっとしたようすの笑顔。
「しゃべれてよかった、一番練習してたんや」
どんなふうに伝えれば自分の込めた思いを受け取ってもらえるのかと懸命に試行錯誤されていることをこんなふうに隠さず、率直で無防備な発言で教えてくださるところもまた、あまた多くある建樹さんの魅力だと思います。笑

あやうくムーディーなルパン三世のテーマから流れるような軽やかさで歌われるのは「ピカレスク」! わぁ、大好き! この軽やかに刻みつけるような、弾むようなメロディラインと言葉の鋭さがたまらないんだよなと思っていたら続けざまに演奏されるのは「満月」
この自分自身に問い続けているかのような痛みともどかしさをはらんだ美しさ、ほんとうにたまらなく大好きだ。
メドレーで次に選曲された「ヘキサムーン」の高らかにどこまでも登り詰めていく音色によって、一気に閉息感から解放されていくかのように感じられたのもまた、清々しくて心地よくて。
伴奏の間にくるくる指先を回す仕草も、「がんばって~」のささやき声も、なんとも愛嬌たっぷりだ。
本編最後に選ばれた「ラッキースター
軽やかで明るいのにどこか切ない建樹さんの感性が光るうんと優しいこの曲をわたしたちへの贈り物として本編最後に選んでくれたことがなんだかすごくうれしいね。

まもなくのアンコールでは来年の春にはレコ発ライブを行いたい、とうれしいお知らせ。
なんと! 大阪でもあります!!!(泣いちゃいそうなくらい最高にうれしい)

(新グッズのマグネットについて)
「ファーストアルバムのジャケットを参考にしようって見返したら……目をつぶってるんです。最初から目ぇつぶってるなんてあかんやんって思って」
いや、わたしのあのジャケット大好きです。みんなも好きでしょ?笑
後には「耳を澄ましているんだ」と解釈されたそうですが。
「もう一枚あったなぁと思ったら、最新アルバム『Gift』でも目を閉じてるんです。1と11、引力で引っ張り合ってるんでしょうね」
20年あまりの時を越えた曖昧な引力がここに。

最後に「目を閉じている」という歌詞が出てくる楽曲を二曲選んだと披露されたのは「祈り」
おお、これはまさに視界に映るものばかりに捕らわれず、瞳を閉じ、耳を澄まして心の内にあるものを見つめ直そうというメッセージが閉じこめられた名曲ですね。
最後の曲は「Holy Night」、ファンクラブ限定だったシングルに収録されたクリスマスソングはこの季節にだけ特別に聞かせてもらえる大切な贈り物のようで、胸がじんと温かくなるや。
建樹サンタさん、とびきりの優しいプレゼントをありがとうございました。


いつもに増して慎重に言葉を選んで丁重にお話をされる姿が印象に残った時間だったなと思います。(話を口に仕掛けて「やっぱりやめておこうかな……」「えー!」と悲鳴があがる場面もあったり。笑)
SNSの時代に「言葉」がこれまでに増して凶器となる場面が頻発していることのおそろしさ(Xが強制的に「おすすめ」タブを開かせて悪意を増幅させる仕組みとなっていることも関係していると思います)を鑑みてなのかな。
ご自分のイマジネーションを、考えを意図した通りに「言葉」の形に取りだして伝えようとした時、果たしてその通りに受け取ってもらえるのだろうかというもどかしい気持ちを抱えながらも、自分の音楽を信じてこうして受け取ってくれる我々への信頼を抱いてくれているのだろうな、というのが端々から感じられたのが印象的でした。

閉息感や不安や混沌とした言いしれようのない不安が渦巻いていた中、「こんな社会の中でどんな風に自らの表現に向き合えばいいのだろう、音楽家としてできることは何だろう」と自問自答を繰り返していらっしゃるように見えた建樹さんがこの実りある豊かなを活動を行ってきた一年の中で見えてきた明るいきざしのようなものを「これからはじまる素敵なこと」と冠したタイトルで光をかざすかのように届けてくださったことをただただ嬉しく感じました。
来年の春、花が開くころにまたお会いできるのが本当に楽しみです。

12/21 東京公演セットリスト

前半ギターパート
1.BooDooLoo(1stアルバム『曖昧な引力』)
2.コスモス(3rdアルバム『Music Man』)
3.ナナコロビヤオキ (新曲)
4.TUGUMI(4thアルバム『Window』)
5.Replay(ベストルバム『Blue Notes』)
6.夕闇(新曲)
7.Sweet Rendez -Vous(1stアルバム『曖昧な引力』)

後半ピアノパート
8.Few(7thアルバム『Emotion』)
9.目覚め(3rdアルバム『Music Man』)
10.夜行虫(7thアルバム『Emotion』)
11.イノセント (3rdアルバム『Music Man』)
12.初代ルパン3世のエンディング(カバー楽曲)
13.ピカレスク(3rdアルバム『Music Man』)
14.満月(1stアルバム『曖昧な引力』)
15.ヘキサムーン(3rdアルバム『Music Man』)
16.Lucky☆Star(新曲)

〜アンコール〜
1.祈り(2ndアルバム『Rare』)
2.Holy Night(ファンクラブ会員限定CDより)



12月のライブ、無事終了しました! | 小林建樹オフィシャルサイト

我らリスナーにとってはどうしてもやきもきせざるを得なかった表舞台に出られての活動が途切れた空白の時間もまた、表現を研ぎ澄ませるためには大切な時間だったんだろうな。
こうして四半世紀あまりずうっと「表現」に向き合い続け、混乱の真っ只中の社会に「戻って」きてくれたこと、音楽を通して明るく優しい未来への展望を見せて下さるようになったこと、数年に一度、平日の東京公演というハードルの高さでしか見られなかったライブの回数がこんなに増えた上に配信を続けて下さっていること、毎回のように次の約束をもらえること、それが東京のみではないこと、なにもかもすべてが本当に夢みたいに嬉しいや。
今年も一年、本当にありがとうございました。

小林建樹“Goodtimes & badtimes”@2024年9月21日名古屋 鑪ら場


才能というものについて、改めて深く考えさせられたライブだったな、というのがライブを見終えて真っ先に思ったことでした。
不断の努力によって磨き抜かれてきた技術の結晶を『才能』の一言で片づけてしまうのはあまりに無礼なことなのかもしれない。
それでも、この人は確かにほかの人では決して変わりになることなど出来ない天から与えられた才能=「Gift」の持ち主であり、それをどんなふうに生かし、自身の表現へと落とし込んでいくのか、自身の身体を通してのパフォーマンスの力によってどう届けるのかを深く考え抜いて表現を磨き続けているからこそ、あの素晴らしい時間を成し得たのだろうと改めて思わせてもらったような気がします。
深く音楽を愛し、音楽に愛されていることを感じさせてくれるかのような、奇跡のような美しさと喜びに満ちあふれた時間がそこにはありました。



一年ぶりのライブ会場となったのは、去年の会場となった沖縄料理屋さんのCOTANと同じ会場かと思いきや、お隣駅の吹上の鑪ら場さん。(いま調べたところ、COTANさんは廃業されていらっしゃいました。居抜きで新しいオーナーさんに代わられたようですね、寂しいな。)
アットホームな雰囲気のおしゃれでムード満点の会場はロフト風? の二階席もあり、期待が高まります。
準備中の建樹さんが我らの目の前を通り過ぎていくどきどきな一場面なども交えながら笑 開演を待ちわびていたところ、すっかり夏の定番衣装となった青いアロハシャツの建樹さんが登場! 
満を持して、とばかりの伸びやかで力強い歌声はみるみるうちに会場の空気を塗り替え、我らの心を高鳴らせます。
音源や配信を見聞きしていても毎回、建樹さんのこの唯一無二の歌声の魅力には胸をぐっと掴まれるかのような衝撃を受けるのですが、生でこうして『体感』した時の迫力には本当に毎回、心から驚かされてしまいます。
鼓膜から伝う音が心の奥まで染み渡って、息苦しいほどに深く揺さぶりをかけられるような心地にさせられてしまうんですよね。

これはなんともまたすごいライブに着てしまったぞ! 始まってそうそうぎゅうぎゅうと胸を掴まれ、感動と興奮がおさまらない。
見る度にこの時この瞬間だけの驚きと喜びを強烈に刻みつけてやすやすと最新の最高記録を更新し続けてしまうんだから、本当にすごいよね。
息も着かせないほどの迫力に誇張ではなく胸を押さえて(笑)見守っていたところで、最初のMCが。
一年ぶりの名古屋でのライブ、東京以外でのライブかつ初めての会場には特別な思いもおありのようで、地元民ではなくとも嬉しくなってしまいます。

「一年ぶりの名古屋にこれました。嬉しいです。あんまり普段は出歩かないんですけど、10分くらいここまで歩いてきて……いいところですね」
地元民のみなさん、サービストーク(?)にどっと沸き立ちます。

今回の会場となった吹上は都心部からは離れた閑静な住宅街なのですが、駅前にビル一棟のアンティークショップがあったり(ライブの前に上のフロアのカフェでお茶してきました、すごく素敵だったからまた行きたいな)、この会場のすぐ横にはおしゃれでかわいい焼き菓子屋さんがあったりするし、駅から少し歩くと去年ライブ前に遊びに行ったすごくおしゃれなカフェがあったりもするんです。
福岡の会場と同じく、素敵な場所でライブを開催してくださってうれしいです。こういうのってどうやって選定してるんだろうね。

「きょうはすごく気合いが入っていて、ライブの前にリハーサルで歌いすぎて声が枯れてしまって焦ってます。笑」
えっ、そんなふうにぜんぜん思えないが!?笑
わたしの席のすぐ横が楽屋スペースだったのですが、カーテン一枚を隔てた向こう側から念入りにメンテナンスをおこなっているようすが聞こえてきたのにはそんな背景があったんですね。
活動の拠点となっている東京と地方ではライブを行うためのあらゆるハードルも、いざ実現した際の肩の力の入り具合も当然ながら異なってくるものなんだろうなぁ。
緊張が喜びと解放感で見る見るうちに塗り替えられていくさまを見せてもらえるのもライブの素敵なところですよね。

メジャー時代にはプロモーションでたびたび訪れた名古屋では、楽しい(美味しい)思い出もたくさんおありのようで。

「レコード会社の担当の方が美味しいお店によく連れて行ってくれて、仕事しにくるっていうよりは美味しいものを食べに遊びに来るってイメージが名古屋には強かったんですね。今回も何か美味しいものを食べて帰ります」
地元民のみなさまからはほっこり優しい歓迎ムードがあふれます。うん、うれしいよね。

相変わらずのほんわかと穏やかなお人柄を感じさせるおしゃべりで一息ついた後は、息もつかさぬパフォーマンスが満員の会場を沸き立たせ、会場のボルテージはますます高まるばかり。
鼓膜を伝った音に全身を包まれるような喜びに浸るうち、受け取らせてもらうエネルギーがすごすぎてくらくらしてくるので胸に手をあててかみしめていないとこらえられない。笑
ギターでアレンジされたSpiderのかっこよさには痺れるばかりだし、ノバラの焦燥感と青い時代に置き去りにしてきた痛みにいまいちど向き合うような、畳みかけるような楽曲世界の鮮やかさは胸をつかんで離してくれない。
本当に素晴らしい楽曲だらけで、それを『いま』の表現で送り出してくださったことで得られる特別な喜びと感動がすごいんですよね。
どれひとつとっても素晴らしいパフォーマンスの連続なわけですが、個人的に前半のハイライトのように感じたのは「パレット」だったな、と思います。
畳みかけるようなリズム感と、甘さと息苦しさを感じさせる(キュートでそこはかとなく色気を潜ませた建樹さんの歌声の魅力が存分につまった名曲だと思います)歌声との融合が本当に素晴らしくって、南米のリズムを感じられる色鮮やかなアレンジがそぎ落とされてギター一本で再演されても楽曲の魅力が色褪せることが一切なく、「芯」のようなものが改めて露わにされていくのを感じるんですよね。
「あの頃」に向き合わざるを得なかった、楽曲の中に閉じこめていた感情と共に止まった時間が再び動き出す時間旅行を体験しているかのようで、心の中がどんどん駆けだして色鮮やかな感情と喜びがあふれていく喜びを感じるんですよね。
表現というものに真摯に向き合い、磨き続けた人がたどり着いた到達点を見せてもらえる感動をありありと感じ、ぽろぽろあふれてくる涙を拭いながらステージから目が離せなくなりました。
幻の名曲「スクリーム」のまさかの再演、新しいアルバムのリリース予定へのあたたかなエールと、過去に紡がれてきた名曲たちの色褪せぬ素晴らしさを、それを「いま」の表現で送り出してくださる建樹さんの奥深く研ぎ澄まされたパフォーマンスに皆が感激で酔いしれる中、第一部は終了です。

会場の構造上、楽屋スペースが客席のすぐ脇なので、ステージを降りられた建樹さんは最前列のお客様ににっこり優しく微笑みかけながら楽屋へ向かわれます。
えっ、めっちゃ素敵な笑顔すぎて通算N回目の恋におちるのを感じたのやけども!笑
そしてわたしのすぐ横、カーテン一枚を隔てた場所に楽屋があるのですごくどきどきしてしまう。笑 こんなシチュエーションはじめてだぞ。


これまたおなじみ衣装(去年の名古屋が初めてでしたね!)、白いシャツに着替えられての「モノクローム」で後編がスタート。
本当に息を飲むほどに美しくて、儚くも力強い輝きが閉じこめられていてジーンと胸がいっぱいになってしまいます。裏声の美しさを生で体感させてもらえる喜びに心があふれ出してしまいそう。

「この曲は女性を主人公に描いた曲なんですが、知人の女性の方にその話をしたところ、『こんな重い女おらんわ!』と言われてしまいました。幻想なんですね(笑)」
創作がすべて実体験に基づいているわけはないし、架空の誰かを想定したからこそ描ける世界もあるんですよね。興味深い話だ。
「Shadow」というアルバムは、朝の光のようなたおやかな眩しさにあふれた「Window」とは対照的で、凍てついた「モノクローム」の色彩の儚くも痛ましい美しさを感じられてすごく素敵な作品ですよね。
音源ももちろん素晴らしいんだけど、「いま」こうして再演されることにより、おそろしいほどの完成度まで高められた表現に出会いなおせたことに深く感動しました。

リクエストがそんなに多かったわけではないけれど……と、これまたちょっとレアな「メッセージ」(いい曲だなぁと思ったら「祈り」のカップリング!)、ライブ音源でしか収録されていない「Midnight Bus」と、コアなところまで選曲されたのは、それだけ熱心なファンが応援してくださっていることの証のようだ。

「ライブで選んだ楽曲は全部リクエストから選んだんですね」
最初は上位3曲をって話だったんだけどそうじゃなくなったんだ!

定番以外の曲を敢えて選んだり、いつもならピアノで演奏した曲をギターで再アレンジしたりと、かなり冒険的な構成にはかなり緊張したそうですが、そんなことみじんも感じさせない見事すぎる演奏にただ引き込まれるばかり!
「たくさんリクエストをいただいた」というみんなの聞きたい名曲、「祈り」を見事すぎるまでの「いま」の美しさで披露してくださるのもたまらないよね。

演奏もMCの流れも基本は東京公演と同じ構成とは言え、端々でここだけのエピソードが聞けるのも地方公演の楽しいところ。

東京芸大でのクラシックコンサートについて)
「クラシックはポップスとは音の立ち上がり方が違うんですね。ポップスがぱきっとしてるんなら、クラシックはふわっと立ち上がるんです。キリンみたいな感じで」
音楽への好奇心も知識も計り知れないものをお持ちだと思うのですが、その片鱗をこうして聞かせていただけるのは嬉しいですね。

(ジャコウネコのコーヒーについて)
「普段はスーパーで買った安価なコーヒーを飲んでいるんですが、ジャコウネコのコーヒーはすごく高価で、箱に入ってるんですね。(鍵盤のカバー? の布を手に持ちながら)パッケージの箱でジャコウネコがこっちをすごいギロっと睨んでてね」
こういう程良くゆるい日常トークに建樹さんのおだやかで愛嬌あふれる人柄を感じられて素敵なんですよね。
ほんわかしたおしゃべりから一変してのパフォーマンスのかっこよさのコントラストがたまらなく楽しくて、なんて素敵な人なんだろうと何度も思わされてしまう。

やがてライブは満を持しての一位と二位の楽曲を披露するフィナーレへ。
緊張いっぱいのライブも、こうして無事に終盤を迎える時にはひときわ感慨深いものがおありだったようで、「みんなで作り上げるような感覚で楽しかった」とおっしゃってくださり、嬉しいばかり。
ここで本編最後に演奏された「最初のメロディ」の瑞々しい喜びは胸にぎゅっと深く迫ってくるようで、気がつけば涙が止まらなくなりました。
長いトンネルをくぐり抜けた後の目覚めの朝に生まれた、というエピソードも相まって、感動がより深まったところはあったのかな?
祝福と喜びに満ちあふれたこの楽曲にはまるで、音楽の神様が建樹さんに与えてくれた「愛」が閉じこめられているようで、その美しさをこうしてすぐ目の前で体験させてもらえるのが嬉しくてたまらなくって。

本編終了後まもなくのアンコールでは、物販の新作グッズのポストカードセットのご案内に引き続き、サブスク配信のお知らせが。

「僕があげているわけではないんでタイムラグがありますが、月末頃にはベストアルバムの『Blue Note』も配信される予定です。ちょっと抵抗があったんですが、便利ですね」
ご自分の楽曲をより沢山の人に届けるのは、と考えられてのご決断だったのかなぁ。
(長らくサブスク配信をされていなかった)KANさんのサブスク解禁のお知らせを思い出しちゃったな。

「これで儲けが出るのはほんの一部の人やろなぁって正直思いましたね。最新の楽曲はCDが売れなくなっちゃうと思うんで出さないですけど、古いものはサブスクでも聞けるようにしていく予定です」
いまでは配信でしか入手出来ない初期作品が聞けるのかな!? どれも名盤なので、メジャー時代の建樹さんの楽曲しかご存じない方にも是非聞いていただきたいですね!

(次回作について)
「曲がどんどん出来ていく感じなのでアルバムを作ろうと思っていて――こんな感じの曲が入ります。これは高校生の時の気持ちを思い出して作った曲です」

軽やかなキュートさとポップさ、じんと胸に迫る切なさがふわりと浮かんできて、「いま」の建樹さんの充実ぶりが伝わるような名曲がちらりとここでお披露目!
生みの苦しみは当然おありかと思いますが、作品を送り出すことの喜びをこんなにも伸びやかかつ高らかに鳴らしてくださるとなんだかすごく嬉しいなぁ。

いい時も悪い時もある、それでもたどり着いた「いま」を誇りに思いながら前に進んでいこう。
音楽を道標にした美しくも儚く、希望に満ちあふれた時間旅行が「Good
Times and Bad times」で締めくくられ、感動と興奮に満ちあふれたライブはこれにて終了です。

9/14 東京公演&9/21 名古屋公演セットリスト

(第一部:ギター)
1.Love(8thアルバム『Mystery』)
2.SPooN(2rdアルバム『Rare』)
3.青空(2ndアルバム『Rare』)
4.Spider(7thアルバム『Emotion』)
5.ノバラ(ベストアルバム『Golden Best』)
6.パレット(1stアルバム『曖昧な引力』)
7.スクリーム(新曲)

(第二部:ピアノ)
8.モノクローム(5thアルバム『 Shadow』)
9.メッセージ(sg『祈り』カップリング )
10.Midnight Bus(9thアルバム『流れ星Tracks』)
11.祈り(2ndアルバム『Rare』)
12.花(ベストアルバム『Goleden Best』)
13.満月(1stアルバム『曖昧な引力』)
14.斜陽(3rdアルバム『Music Man』)
15.最初のメロディー(ベストアルバム『Blue Notes』)

(アンコール)
Goodtimes & badtimes(新曲)

終演後は和気藹々と感動と興奮の余韻が駆けめぐるサイン会タイム。
店内BGMには建樹さんの初期の楽曲がセレクトされていたのですが、良い意味で先ほどまで聞いていた「生」の歌とぜんぜん違う!
歌声の魅力の芯の部分は少しも色褪せたり衰えていないのに、「いま」のより奥深さとしなやかで力強い美しさが加わってての再演になっていることが改めて感じられるんですよね。
「あの頃」の刹那の輝きと、「いま」の美しさ、その両方がどちらもたまんらく美しくていとおしくって、こんなにずっと素敵で居続けてくれてありがとう、と喜びが改めてこみ上げてくるよう。
最新作を、とCDを買われている方が沢山いらっしゃるのもなんだかうれしいぞ~!
「初めてライブをみた」とわたしの前のお兄さんはおっしゃっているのが聞こえるぞ。なるほど、そういう方もいるんだなぁ。
遠征って色々とハードルも高いし(わたしも行けないイベントがほとんどです)、地元に着てくれるのなら、と機会に恵まれた人はきっと沢山いらっしゃったんだろうね。
本当に本当に嬉しいなぁ。ね、いまの建樹さんって本当にすごいでしょ!?(なぜか得意げ)(ただのガチファン)(おたく特有の悪しき習性は程々に!笑)


わたし「ものすごく幸せなのにすごく胸がいっぱいで息苦しくなるような幸福な時間を過ごさせてもらいました。一生懸命考えたんですけど! 選びきれないんですけど! 3minutesとTUGUMIと歳ヲ取ることがわたしは大好きです!」
お伝えしたら喜んでくださるかな、と思ってんや。笑

アップテンポな畳みかけるようなメロディラインの中にこみ上げるような切なさと喜びが満ちている楽曲世界がわたしは特に惹かれているのかも。
建樹さんの楽曲全般に溢れている「音楽に出会えたことで解き放たされる色とりどりの感情」が本当に大好きなんです。

胸がいっぱいになりすぎたわたしはうっかりおみやげのコーヒーとお手紙を渡し忘れそうになったので、すぐに戻ってお渡ししてから帰りました。
恒例行事なんですけど、余韻で心が震えすぎて(ホテルに)帰るのが大変で……背中にしょったリュックの重みでどうにか支えられながら帰路につきました。笑





地方のライブとなると、通い慣れたおなじみの東京のお客さんとは違って○年ぶり、初めて、になるお客さんは多いだろうし、演者さん側にしてみれば独特の緊張感と高揚感はあるのでしょうが、蓋を開けてみれば終始歓迎ムードと喜びに満ちあふれた本当に素晴らしい時間を過ごさせて頂けました。
地元の音楽好きの方にも馴染み深い会場のようで、「たたらばで見られるなんて!」と喜びの声があがっていたのもなんだか嬉しかったな。
大阪から名古屋は(交通費など諸々で)東京に行くよりもハードルが低いからという理由で喜び勇んで参加させていただいたのですが、素晴らしい時間を過ごさせていただけて本当に嬉しかったです。
6月の福岡とはお客さんの雰囲気がまたぜんぜん違っていたので、両方参加出来たことでそれらをありありと感じられたものなんだかすごくよかったな。
東京以外でのライブ、今後も続けていけるといいよね。


24年9月ライブ 感想です! | 小林建樹オフィシャルサイト


この喜びが次なる豊かな音楽活動につながっていくんだろうなと思うと、なんだかすごく嬉しいや。

さて、次は12月にまたライブがあるんですね! うれしい~! すご~い!
わたしは別件で翌週に上京する予定なので残念ながら参加出来そうにないのですが、きっとまた配信がありますよね! そうだと信じてる!笑
これからも建樹さんの音楽活動を応援していけることを心から嬉しく思いながら、次なる展開を待ちわびていようと思います。

小林建樹“Goodtimes & badtimes”@2024年9月14日下北沢コムカフェ音蔵 (配信)


25周年イヤーならではの特別な企画として催されたのは、お客さんからのリクエストを元に選曲を行うという企画ライブ。
ここならでは! の貴重な楽曲の数々をいまのアプローチで披露されることで見えてくる景色の新鮮さ、瑞々しさにただひたすら魅了され、この人は本当に音楽を愛しているし、音楽に愛されているんだな、と思える豊かな時間でした。
会場に行けずとも配信でじっくり見させてもらえるだなんて(しかもこの配信がすっかり減った中で!)なんて贅沢なことなんだろう。


開演時間すこし過ぎ、笑い声が響く和やかムードの中、夏のライブでは定番の衣装となった青いアロハシャツ姿の建樹さんが登場。
おや、髪型が変わってらっしゃる! お似合いだ~! どなたか俳優さんに似てる気がするんだけど思い出せない……(相変わらずとてもかっこいいということです。笑 思い浮かんだ人がうたら教えてください。笑)
オープニングナンバーは「LOVE」!
高らかでのびやかな力強さと、開放感を感じられるストレートさとぬくもりがあふれる世界観がすごく好きだなぁ。
幾重にも縛られていた葛藤を乗り越えてきたからこそ見える、まっすぐでおだやかな「愛」がこもっていてすごく優しい。
ギターをかき鳴らし、歌いながら続けざまに紡がれる旋律は……おお、Spoonだぞ! 一気にボルテージがあがっていく高揚感がひたすらたまらないや。
このかき鳴らすように弾くギターの旋律と渾然一体となった伸びやかで力強い歌声が生み出す唯一無二のグルーヴ感にはほかでは絶対に味わえない驚きと喜びがあるんだよね。

ここで、今回最初のMC。
「こんばんは、会場にお越しのみなさま。配信でご覧のみなさま。小林建樹ですっ」

建樹さんのアクセントと抑揚の付け方に独特なリズムのあるおしゃべりが大好きなんですけど、こういうちょっとスタッカートが効いてるあたりがたまらなく好きです。笑 
今回はリクエストに沿って選曲をした、とコンセプトを説明した後に続いて演奏されるのは、リクエストが多数届いたのだという大名曲「青空」
研ぎ澄まされた旋律の美しさ、そこに乗せられた歌声のどこまでも深く澄んだやわらかく透明な世界にただひたすら魅了されるばかり。
「現在地」をしっかりと見つめての優しく穏やかな意思表明であり、過去の自分からいまの自分へのエールのようにも聞こえるからこんなにも胸を打たれるのかな。
続いてMCは物価高騰に関する話題へ。

「この弦、すごく値上がりしてしばらく買ってないと倍くらいの値段になってるんです」
特に海外製品は社会の混乱を受けて値上がりや廃盤が続いているようですが、それはびっくり。

「弦の話はアドリブだったんで、ここからは決めた話をします」
言うんだ!笑(ここで打って変わっての「きょうはねえ!」の言い方めっちゃおもしろキュートでしたね。笑)
予定外の現状報告(?)の後の予定通りのMCはギターに取り付けることでキーをあげられるというツール、カポについて。
普段なら使わないけれど、今回演奏する曲のために特別に使うことにしたという頼れるツールの力を借りて演奏されたのはなんと、いつもならピアノで演奏されていた「Spider」! ワーオ!
ピアノの旋律によって上り詰めていくようなジャズテイストのあのスリリングで洗練されたかっこよさがギターになるとこんな風に生まれ変わるんだ。間奏のギターのフレーズの疾走感に新たな可能性を見せてもらえたようで、どきどきが止まらない。
続けざまに演奏されるのは、これまたピアノの旋律のイメージが強い「ノバラ」! 
繊細でひりひりとした痛みと優しさの両方が共存した世界は力強くかき鳴らされるギターのフレーズとふんだんに交えられるフェイクと共に解き放たれていくことで、駆け出すような疾走感を生み出してくれるよう。
さて、興奮と感動で息をつく暇もないぞ……と思っていたら力強くつま弾くギターがかき鳴らすのは大名曲「パレット」!
どうしよう、毎回のことだけれどすばらしいパフォーマンスが続きすぎてはしょれる気がまったくしない!笑
ライブ活動復帰直後の配信ライブでの超絶スピードのスリリングなカッティングギター演奏が印象的な曲でしたが、あの時の、そして原曲にとじこめられたヒリヒリと切り裂くような尖った繊細さと焦燥は良い意味で薄れ、開放的なグルーヴとして心地よくフロアに響いているように感じられるね。

小休止のあとのMCではなんとも嬉しいお知らせ。
「最近はアルバムを作っていて」
(あたたかな歓喜の拍手)
「いっぱい作ってるんでもうええわって言われたどうしようと思っていてたんですけど」
そんなことないよ! ちょううれしいです!!!笑

いままでとは違って、指針のようなものが見えてきたからそれに沿って曲を作っていくうちに新しい曲がどんどん出来ていったそう。
それだけ充実した「いま」にいるという証ですね、きっと。うれしいなあ。

「音源にしていない昔の曲も入れようと思って、『スクリーム』という曲を歌おうと思います」
デビュー当時に作った曲だけれど、歌詞を見返しても「いまとあまり変わらない」とのこと。それだけ自分のコアな部分、本質として大切にしていることを閉じこめた楽曲を生み出せていたということなのかな。
時を越えたいま、「あの頃」の自分と再会を果たせるってすごく素敵なことですよね。
あ、「LOVE」の歌詞! なるほど、こうやってぐるりと最初と最後がつながる選曲なんだ!

当時からのファンのみなさまにとってはさぞかし驚きと喜びに満ちあふれた贈り物になったのでは、という楽曲は「いま」の建樹さんの表現で解き放たれることにより、途方もない優しさときらめきが込められていてすごく心地よく胸に響くね。
さて、大充実の前半パートはこれにて終了です。



ピアノに移られ、これまた夏のライブでは定番の衣装となった白いシャツ姿の建樹さんが登場。
一曲目はこれまた珍しい選曲の「モノクローム
「いま」の立ち位置から俯瞰で過ぎ去った過去に置き去りにした思いを切々と振り返るような楽曲の世界はとびきりピュアでイノセントな輝きに満ちていて、美しさと儚さから目が離せない。
歌声に宿る途方もないピュアネスとどこまでも上り詰めていくかのような旋律の美しさ、美しいメロディを奏でながら同時に軽やかなリズムを刻んでいくこの奏法が建樹さんの途方もない魅力なんだよね。
しなやかで繊細で力強い芯があって、自分ひとりでは気づけなかった感情をやすやすと引き出してふっと舞い上がらせてくれる。
そしてその素晴らしい楽曲たちがひとつなぎの輪のようにノンストップに連ねられていくこのメドレーの編成のとんでもなさ! ライブごとにこの完璧なブリッジをあらたに生み出してくることによって、楽曲の新たな魅力が再発見されるかのような喜びに酔いしれてしまいます。
圧巻のメドレー三曲のあとは、すこしリラックスしたようすのMC。

(ミッドナイトバスについて)
「花びら占いみたいな『あきらめる、あきらめない』って歌詞なんですけど、歌いながらどっちやねんって思って」

自分の弱さに向き合うようすにも、そこに朗らかなつっこみを入れてくださるところにも人間らしいおかしみといとおしさを感じて毎回きゅんとします。笑

モノクロームは歌えるか自信がなかったんですけれど、リクエストで背中を押していただいて」
ライブで歌うことに緊張があった、というからこその、あの張りつめた純度の高い美しい世界が見せてもらえたのかなあと思うとますます感激してしまいますね。

(「ノバラ」について)
「リクエストをいただいた中でも好きな曲なんですが、個人的にとてもつらいことがあった時に書いた曲なのでその時のつらいシーンが歌いながらよみがえってくるんですね」

作品には作っていた当時のあらゆる感情が否応なしに閉じこめられているからこそ、「人前でのパフォーマンス」という形で披露することになれば繰り返し何度もそこに込められた痛みに向き合わざるを得ない機会になるはずなんですよね。
自分の中にまだ色褪せない痛みや葛藤があること、歌うたびにその感情にいまもなお向き合っているのだと話してくださる姿には、自身のあやうさに向き合う強さと優しさの両方を感じられてなんだかすごくジーンとしてしまいます。
こうして表現としてみなの前で演奏することが苦しみを昇華させる手段になっているのだと、そう受け止めさせてもらってもいいのかな。

「リクエストの上位になった曲を見て思ったんですけど、儚いな、と。そういうのを知れて、とてもよかったです」
25年のキャリアの中で支持された楽曲がなになのか、を知ることが新たな視点を得ることにつながったと思っていいのかな。そういった気持ちのありようについてこうして教えていただけるのがなんだかすごくうれしいな。

続いて披露されたのは、多数リクエストがあったという「儚さ」の真骨頂のような名曲「祈り」
消え入るような美しさが閉じこめられたアウトロの旋律のきらめき、なんど聞いても大好き。

続いて、MCは(今なお続く)酷暑について。

「何度かね、15時ぐらいに出かけようとチャレンジしたんですけど……刺さるように暑くて」
暑さのピークの時間帯ですね。笑

危険な暑さの中でのお出かけ先のひとつは、尊敬する坂本龍一さんも教鞭を取られていた東京芸術大学の音楽部で開催されていた学生さんたちのオケだったようで。
「どんなのかなぁと思って興味を惹かれて聞きに行ったらすごくポップな、聞きやすい演奏なんです」

ほかにも、音楽家ならではの観点による注目ポイントはユニークなところばかり。こうしてご自分の感性に響いたものをかみ砕くようにお話してくださる場面が毎回楽しいんですよね。
特に印象に残ったのは「オーケストラの楽曲は作曲者の国と同じ人間が演奏したほうが断然素晴らしい」というお言葉でした。
楽曲世界に閉じこめられた感性や風土は同じ環境で育った人たちだからこそ表現出来るもの、という建樹さんの敏感な感受性を感じるエピソードですね。

やがて話題が南米繋がり? な頂きもののジャコウネコのコーヒーへと移ったあとは、「夏ということで」と披露された花!
南米のリズムを感じる力強さとスリリングなかっこよさ、繊細でやるせなさをありありと焼き付けるような鮮烈な歌詞が本当にたまらなく大好き。
上り詰めるようなリズムで否応なしに畳みかけていきながら「満月」につなげる展開がもうたまらなくぞくぞくさせられて、美しさに息をのむような心地に。
リズミカルなステップを刻むようなピアノの奏法と渾然一体となった歌声がほんとうにたまらない。切なさと力強さが矛盾なく同居してるんだよね。

「きょうは久しぶりに弾く曲ばっかりなんですごく大変で……」
笑いながらこぼす姿には、我らオーディエンスにそれだけ心を赦してくれているのだという信頼の証のようなものを勝手ながら感じてしまいます。
しきりに緊張するとおっしゃっていますが、ライブならではの緊張すらたのしんでいらっしゃるように見えるんですよね。
ここで最後に披露されることになったのは、満を持しての一位と二位の楽曲。

「一位は斜陽、二位は最初のメロディで」
おお、納得の二曲だ!

(斜陽について)
「この曲は元々ドラマの主題歌をっていう話がなんとなくあって、何となく立ち消えになって……っていうのでいつの間にか出来た曲です」
ほとんど記憶にはないまま、気がついたら(あの大名曲が!)出来ていたというのにはただびっくり。
色々と封印しておきたい嫌な記憶もあって――という時期だったそうなので、お世辞にも精神的に安定している時期ではなかったことによる痛ましい気持ちがありありと込められているからこそ、あのひりひりと鮮烈な世界観を閉じ込めたかのような楽曲が生まれたと思っていいのかな。

一方で、はっきりと背景を覚えていたのが「最初のメロディ」だったというのも興味深いばかり。
「朝まで起きていた時にサビのフレーズがふっと浮かんで、そこから出来たんですね」
そうして生まれたあの美しい旋律に「最初のメロディ」という名前が授けられたことがなんだかすごくドラマチックですよね。すごく高らかな決意表明のような美しさと開放感を感じられるあの名曲の背景にそんな美しいエピソードがあったことをこうして聞かせてもらえることが本当にうれしい。

ご自身の音楽を広く知らしめるきっかけになった有名な楽曲といえば「祈り」と「満月」の二曲ですが、建樹さんご自身はそこに対して複雑な思いもあったとのこと。
「この二曲はどちらも神戸で作った曲だったんで、そのことがずっと気がかりだったんです。今回こうして一番と二番に選んでいただいたのが東京の生活の中で、聞いてくれる人のことを思い浮かべながら生み出した曲だったのが『よかったぁ』と25年経って改めて思いました」
自分の世界にある種閉じこもっていた頃の曲ばかりが評価されてしまうのはプロとしてはやっぱりちょっと複雑ですよね。

「自分は好きなアーティストさんに手紙書いたりとかはしないんですけど、感想をもらったりするのはうれしいんです。自分はしないのに人には求めるんですね。笑」
会場内ではあたたかな笑い声が巻き起こり、画面越しのわたしもおもわずにっこり。うん、そういうもんです!笑 作品を生み出す能力と感想を言語化する力、作り手に届けられる能力は別物なんですよね。
とはいえ、ファンの言葉が嬉しいとおっしゃっていただけるとなんだかすごく嬉しくなってしまいますね。

ここで、ピアノ弾き語りで演奏された斜陽~最初のメロディが本当に美しくて。
「儚さ」をぎゅっと閉じこめたかのようなピアノの弾き語りでの斜陽のアウトロの後、軽やかに弾むピアノの旋律を響かせてからの最初のメロディへ橋渡しが行われるのが本当に奇跡のように美しくて。
トンネルをくぐり抜けたその先で音楽によってしかもたらされない光にたどり着いた瑞々しい喜びがあふれ出していて、何十年経っても色褪せることのない音楽への「愛と情熱」が心の隅々まで染み渡ってくるんですよね。
全編を通して、建樹さんが音楽への信頼と愛情を何よりも大切に抱いていること、「音楽」もまたきっと建樹さんのあふれんばかりの才能を祝福しているのだと感じられたのですが、その真骨頂が詰まったパフォーマンスが繰り広げられているように思えて。
素晴らしいね、としかいいようがないよこんなの。

アンコールの後にはおなじみ? な物販のご紹介タイムと、なんともう次回のライブが決まっている(!)という嬉しいお知らせに、次回のアルバムにはいる予定の新曲のお披露目(ものすごくかっこいい!)
楽しい嬉しいお知らせの後は、タイトル曲になっていた「Good Times and Bad times」
音楽を通しての時間旅行の果てに、優しくおだやかに「いままで」と「これから」を見守ってくれるような楽曲で締めくくられることにすごく胸がいっぱい。
積み重ねてきた時間の中に閉じこめておくことの出来ないもどかしさや痛みのありかをこうして伝えてくれたからこそ、より一層心に響くものがあるよね。


あらためて様々な楽曲に思いを寄せてくれた人たちの言葉や気持ちを通して「いま」の自分の表現を届けられたことが自信につながったと思っていいのかな。
ほんまにええ歌でええパフォーマンスでした。


毎回話していることですが、これだけ毎回のように異なるアプローチで「現在地」がどれだけ素晴らしいものなのかを教えてくださることも、いまもこうして毎回のように配信ライブを行ってくださることも(今回からはなんと2週間視聴可能!)嬉しくってたまらないや。
感想はこのとおりあふれて止まらないので(笑)ちゃんとある程度は整理してお伝えできるようにこれからもがんばっていきたいです。

というわけで、土曜は名古屋に行ってきます!