午前三時の音楽

ライブの感想などを書いています

高野寛@2023/04/08 坂ノ上音楽祭2023

「今年はこの4カ月の間に本当にいろいろなことがあって」 
ライブの終盤、あくまでも軽やかに告げられた言葉に、その場の空気がやわらかに揺らいだ。 
人生には限りがあり、避けようのない別れは本当にある日突然訪れる。それでも交し合った思いは、芸術は残り続ける。思いを託した音色を、歌を解き放てばきっと「空の上では誰かが聞いている」 
30分あまりの時間には、あまりにも濃密な音楽の力でしか成しえない喜び優しさが溢れていた。



写真を撮りそびれてこれしかないの、残念。わたしとこの女の子、髪型がおんなじなんです。(こんなかわいくないけど!笑)ちょっとうれしい。


坂ノ上音楽祭は今年から始まった、天王寺公園芝生広場で開催のなんと入場フリー! のハッピーでピースフルな音楽フェスティバル。 
14時半ごろ、ゆるゆるとたどり着いた会場は芝生広場にレジャーシートを敷いてくつろぐ人、飲食ブースのおいしそうなごちそうとクラフトビールに舌鼓を打ちながらピクニックを楽しむ人、もちろんノリノリで音楽に夢中になる人たちでいっぱい! お子さんやワンちゃんをお連れの方もたくさんいらっしゃるのが自由な雰囲気でいいなぁ。

前日からの激しい雨も止み、途中で通り雨に見舞われたという会場はすこし肌寒いけれど陽射しはそれほど強くもなく、見上げれば心地よい青空が広がっています。ビル群に囲まれ、ステージの向こう側には通天閣が見える。都会の真ん中に音楽がやわらかく響くこのシチュエーション、気持ちいいねえ。 
special othersの極上のパフォーマンスが会場中を熱狂させた後、ゆるゆると前方スタンディングエリアへと入場。幕間時間のスタッフさんたちのセンスの良い選曲を存分に楽しんでいたところ、BGMのクラムボンラッシュライフ」が途切れ、アコギを携えた高野さんがセッティングのためにステージに登場! この思いがけないサプライズにはスタンバイ中の聴衆もみなびっくり! 
そのまま流れるように始まったのはお久しぶりの「500マイル」途中、PAさんへの音響指示などを交えながら(なにせこれは公開リハーサルなので)、流れるように次の曲へ。(ごめんなさい、二曲目のタイトルを失念したので分かる方は教えて。笑) 

「これは練習です、あくまでも練習です。本番は15時半からです(笑)」 

なのにフルコーラス歌ってくれる! ライブじゃん!笑 

なんと3曲目、「恋は桃色」! みながうっとりと聞き惚れ、本番がますます待ちきれなくてたまらない! 豪華すぎる公開リハーサルの後に流れ出したのは中村一義キャノンボール」わぁお、スタッフさんの粋な計らいだね、うれしいなぁ。 



豪華すぎる『練習』の興奮も冷めやらぬまま、固唾をのんで見守る皆の前にアコギを抱えた高野さんが予定時間に登場。 
大阪芸大に通っていたので、いつも乗り換えで天王寺の駅を利用していました。きょうはまるで不思議な時間旅行をしているようです」 
「ITの世界では時間の流れ方の速さをDog yearと呼ぶと聞いて、面白いなぁと思って作りました」

一曲目はライブではお馴染み、「Dog year,Good Year」  
この優しいのにとびっきり切なくてあたたかい世界観、本当に大好きだ。高野さんのまなざしはいつでも穏やかであたたかで、悲しみや痛みをやわらかに包み込んでくれるんだよね。天王寺の街が随分様変わりしたことを踏まえての、『時の流れ』を意識してのセレクトだったんだよね、きっと。 
一抹の寂しさや悲しさを包み込むような楽曲を鳴らしながらも、ステージの上の高野さんはとにかく笑顔でいっぱいで、心地よさが溢れているのがなんだか見ていてとても嬉しくなるばかり。二曲目にセレクトされたのは、春のうららかな昼下がりにぴったりの「風をあつめて」 
何度聴いても、誰が歌ってもエバーグリーンな名曲がここにあるんだな、と改めて思い知らされるよう。 
軽やかに風に乗り、空に溶けていく歌声と高野さんの心の底からの軽やかな優しい笑顔にみながうっとりしていればステージの高野さんからは「すごく気持ちいい、最高だね」の一言。こんなに嬉しそうでキラキラしている高野さんに出会えて、わたしたちもすごくすごくうれしい! 

続いて披露されたのは、このところのライブでたびたび聴けた「エーテルダンス」 
オリジナルももちろん素晴らしいんだけれど、いまの高野さんの表現で送り出された時に感じられる表現の奥行の深さに何度聴いても驚かされるし、感動させられるんですよね。若き芸術家の追い求めた苦悩や模索の日々はいまも尚続いていて、美しい夢を追い求め続けているのだということが瑞々しくもやわらかに鳴らされていて何度も心を動かしてくれる。

三曲目に選ばれたのは「道標」 
すごく軽やかで明るく、あたたかな風が吹き抜けていくようなすがすがしい心地よさであふれている楽曲なのに、ここで描かれている景色は『待ちわびた春』に君との別れの痛みに向き合っている『僕』を歌っているんですよね。 
これはもう……今年が始まってから立て続けに起こったありとあらゆるお別れを重ね合わさずにはいられない。それでもここには溢れんばかりの明るく優しい笑顔と歌声が広がっていて、悲しみに立ち尽くすような悲壮感はどこにもないのだからこちらもただこの心地よさに身をゆだねているほかないのです。高野さんはなんて強くて朗らかで優しい人なんだろう。音楽にはここまで眩しいほどの強さがあるんだね。 

「きょうは途中で雨が降って――雨上がりの虹が見れるかと思ったけど、見れなかったね」 

それならば音楽でこの青空に虹をかけて見せよう、と言わんばかりに満を持して軽やかに鳴らされたのが、「虹の都へ」 
あまりの軽やかなあたたかさ心地よさにずっとニコニコ身をゆだねていたわたし、ここへ来てこらえきれずにぽろぽろ涙が出てしまう。 
ものすごくキラキラした極上のポップスなんだけれど、一貫して楽曲の中で描かれる景色はひどくナイーブな青年が自らに向き合いながら見えない壁を乗り越えていこうとするひたむきさなんですよね。 
わたしはサビ前の「何を信じたら~」のくだりからの一連のフレーズがすごく大好きなんですが、夢中で聴いているうちにここから一気に涙がこぼれてしまった。自分ひとりの力ではどうすることも出来ない迷いや不安や痛みでこの世界は溢れていて、傷つくことはどうしても避けられない。それでも自分の中には揺らがない信念があるはずだから、それを忘れずにいれば乗り越えていける。たくさんの時間と経験を積み重ねてきた高野さんがいまこうして歌ってくれるからこそ、より一層胸に迫るものがあるんだよね、きっと。 
痛みから目を逸らさずにまっすぐに前を向いて生きていこう、と歌う高野さんの力強くて優しい歌声と笑顔は、胸に迫る痛みを、いくら拭っても滲んでしまう涙をかき消してくれるあたたかさにあふれている。続いて、激動の流れの中に飲み込まれそうになっても歌を、声をあげて届けようとすることをやめない、と力強く軽やかに思いを届けてくれる「ベステンダンク」の後、すこし趣を変えたMCが。

「今年はこの4カ月、本当にたくさんのことがあって――舞台監督に無理を言って、予定していた曲を急遽変更してもらいました。坂本龍一さんにプロデュースしてもらった楽曲です。この曲はコーラスのパートがあるので一緒にうたってください」 


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(たくさんのお別れと「いま」の自分が直面していることに改めて向き合えたからこそ、この発言があり、あのステージが実現したんだよね、きっと)

コロナ禍から三年、まだまだウイルスの猛威は収まっていないとは言え、ステージ前に満員のお客さんが集まり、皆が声を合わせて共に歌を口ずさむ、とい光景は長い時間をかけてようやく取り戻した風景なんですよね。言わずともがな、この曲もほんとうに大好きなんですが、ここで歌われているのは人生には避けようのない痛みや悲しみや戸惑いは溢れていて、それでもたくさんの出会いが、そこで得られる喜びが豊かな思いを運んできてくれるのだということ。奇跡のようなあたたかさを胸に、わたしたちは前に進んでいけばいいのだということ。 
ロマンチックなラブソングとして聞くことだってできるのだけれど、永遠のお別れとなってしまった『君』が手渡してくれた大切な宝物を胸にこれからも歌い続けていくから、という優しいはなむけのようにも聞こえてしまう。 
歌はこんなにも生きることへのまっすぐな信念を、優しさを、戸惑いや痛みや悲しみを優しく包み込んで前へと進むための力をくれる。言葉で直接触れることは最小限でも、楽曲を通してわたしたちはこんなにもあざやかなメッセージを受け取ることが出来るのだということがあの時間には溢れていました。 
(一言も直接触れることはないまま、固唾をのむように見守る我らの前で音楽だけで思いを届けてくれた1月の東京のライブとはすこしだけ変わったな、というのは感じました。『待ちわびた春』がやってきたいま、あらたな気持ちで向き合おうという思いがあったのかな)


このセッションがほんとうに素晴らしいんだよね。たったふたりで鳴らしているだなんてとても信じられないほどの色鮮やかな豊かな音色と、まるで人生讃歌のような深みを持ったこの楽曲世界。 



一生懸命我慢しようとしてもとめどなく涙がにじんでしまう中(瞼が痛くなるから止まってほしいのに。笑)、ライブ中に「物販でライブ会場と通販限定のライブ盤を売ります」とアナウンスがあったため、終演後は長蛇の列に並ぶことに。どうしても涙がにじんでジンジンして来る中、テントからは「売り切れました」のアナウンスが。 
そりゃああんなに素晴らしいライブ見せられちゃったら仕方ないよねえ。きっと初めて見に来た人だって魅せられちゃったに違いないよ。握手だけは対応します、とのことだったため、「素晴らしい時間をありがとうございました」とお伝えして会場を後にしました。 
今年はまたたくさん高野さんの音楽に出会えるといいな。ひとまずは来月のナタリーワイズがすごく楽しみです! うれしいなぁ、ほんとうに。




終演後、すれ違ったお客さんたちが「隣の人が泣いてた」(そりゃあ泣くよ~!)「漣さんも言ってたけど、簡単に言葉になんて出来ないんだろうね。みんなの前で言葉にしたら泣いちゃってうまく言えないのかもしれないしね」「坂本さんって口にした時、すこし涙声になってたよね」と、感慨深げにぽつりぽつりと話されていたのが印象的でした。 
本当にたくさんの人たちが素晴らしい時間に夢中になっていて、空の上にあたたかな歌にくるまれた愛がしずかに昇っていくかのような幸福な時間だったな。きっとみんな、簡単な言葉でなんて言い表せないほどに傷ついていて、寂しくて、悲しい。 
それでも、すこしずつ色も形も違う思いを持ちよりあったわたしたちがこうして一堂に集えるあたたかくて心地よい場所があり、音楽に夢中でいられるこんな時間は悲しみを乗り越えるための喜びを、かけがえのない愛を惜しみなく与えてくれる。


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芸術は長く、人生は短し


生前の教授が胸に抱いていたのだというメッセージへのひとつの答えがあの30分あまりの時間だったのだと思います。 
わたしたちは短い人生を、それでも夢中で生きている。あなたがたが残してくれた芸術を、魂を語り継ぎながら。しみじみとあらゆる思いをかみしめながら、2023年の春はこうして過ぎていく。